離婚に伴う法的問題 〜 養育費の回収事案を中心に

@ 様々な離婚条件

調 停 条 項 

相手方は、申立人に対し、長女由佳及び二女彩の養育費として、平成12年12月から同人らが各々満18歳に達する日の属する月まで、1人につき1ヶ月金25,000円を、毎月28日限り、申立人名義の**銀行支店普通預金口座(口座番号012345)に振り込む方法により支払う。                                                           (筆者注・仮名)


 これは、ある女性の依頼人が持参した調停調書の抜粋であり、離婚に伴う養育費の支払条件について家事調停が成立したことを表しています。
近年では珍しくなくなった離婚事件ですが、離婚に伴ってはしばしば、金銭の支払いに代表される様々な離婚条件の取り決めが行われます。これらの多くは、夫婦間の「協議」によって合意に達することとなり、当職も「離婚条件が調ったので書面化をお願いしたい」との依頼を何度か受託しています。
夫婦間ですべての協議が合意に達すれば、円満離婚となります。しかし、なかなかこのようには話がまとまらないものです。本件でも、「離婚する」こと自体は合意に達しているものの、養育費の支払いについて夫婦間の協議が調わず、家庭裁判所に調停を申立て、上記のような調停条項が成立した案件です。
離婚に伴って夫婦間で取り決められる条件としては、下記のようなものが考えられます。これらをすべて取り決めなければならないわけではなく、離婚に至る事情、子の状況、財産の有無などに応じ、必要な限りで取り決めていけばよいこととなっています。

(1)親権者の取り決め(民法819条)
離婚する夫婦間に未成年の子供がいる場合、父・母どちらか一方を親権者と定めなければなりません。親権の決定は、「子の利益」を最優先に考慮しなければならないものと考えられており、一旦、一方の配偶者が親権者に定められた場合、後日これを自由な協議によって変更することはできず、家庭裁判所が「子の利益のために必要」と判断した場合に限って他方の配偶者へ変更することができることとなっています。

(2)監護権者の取り決め(民法766条)
(1)の「親権」の内容は「財産管理権」と「身上監護権」のふたつに分けられます。通常、親権者といえばこの両方の権利を有することになるのですが、法律は親権者とは別に監護権者を定め、「身上監護権」を親権者と切り離すことを認めています。
親権同様、「子の利益」が重視されるべきですので、例えば「父親が財産を管理し、母親が日常の身の回りの面倒を見る」ことが子にとって最大の利益であるというような特殊事情がある場合には、親権者と監護権者が別になるケースも考えられるのです。

(3)面接交渉権
親権者とならなかった一方の配偶者が、子と定期的に会ったり、子と交流や接触をもつ機会について、具体的な取り決めをしておくことです。
【例】長男と毎週日曜日、祝祭日及び子の休暇中に面接交渉を認める。ただし、
子を宿泊させることなく、その日の午後7時までには帰宅させる。

(4)養育費
養育費はいわゆる「扶養義務(民法877条)」から導かれるものではなく、(2)に述べた『「監護」について必要な事項(民法766条1項)』として位置付けられています。したがって、親権者(監護権者を別に定めた場合の監護権者)が子を養育するのに必要な費用を、非親権者(非監護権者)に負担させるという法的性格を有していることとなります。
しばしば問題となるのは、金額の算定と支払終期の2点です。監護権の一環ということですから、ここでも「子の利益」という考え方が維持され、子は生活水準の高い方の親と同水準の生活を求めることができるものと考えられています。支払終期については近年、「成年(20歳)に達するまで」が最も多いようですが、進学志向の上昇に伴い「大学卒業」と定められるケースも増えているとのことです。
冒頭の調停条項は、その一例です。

(5)慰謝料(民法710条)
離婚原因を作出した一方の配偶者(「有責配偶者」といいます)に対して、他方の配偶者は、自身が受けた精神的苦痛の賠償を求めて慰謝料を請求することができると考えらています。
離婚原因として一番多いのはやはり不倫です。不倫された配偶者(A)は、不倫した配偶者(B)のほかに不倫相手(C)にも慰謝料を請求できることになり、仮に確定した慰謝料が100万円とした場合、AがBから100万円全額を受け取った後はもはやCには1円の請求もできないし、逆にCが全額支払えばBには1円も請求できないという関係に立つと考えられています(このようなB・CのAに対する関係を「不真正連帯債務」といいます)。
離婚に至るには、決定的な離婚原因が存在する一方、そこに至るまでの諸事情を紐解くと、夫婦双方に多かれ少なかれ何らかの離婚原因が存在することがほとんどです。協議によって慰謝料が取り決められる場合はともかくとして、調停の場においては、このような決定的離婚原因にいたるまでのプロセスを踏まえ、慰謝料の減額調整をするようなケースも多いと伺っております。

【例】相手方は、申立人に対し、慰謝料として、金100円の支払い義務のある ことを認め、これを平成16年10月限り、甲の指定する銀行口座に振り 込む方法により支払う。

(6)財産分与(民法768条)
慰謝料が、有責配偶者の不法行為に対する損害賠償という法的性格を有している一方、財産分与は、夫婦が婚姻中に協力して蓄積した財産を清算するものと説明されています。「協力して」蓄積した財産が対象であって、婚姻前からそれぞれが所有していた財産は分与の対象となりません。また、収入のない主婦だから財産の蓄積に寄与しておらず、分与の請求もできないとは考えられておらず、いわゆる「内助の功」も調停等の場では考慮されるものと考えられています。
このような法的性格をもつため、正式な財産分与であれば、税務上も贈与税や譲渡所得税の課税対象とされません。この点に注目し、強制執行を免れるための財産隠しの手法として財産分与が用いられるようなケースを目にします。しかし、離婚の実態が伴わない財産分与は、実質主義を採用する課税の場面では「贈与」と評価される可能性が極めて高く、また、悪質な場合には「強制執行妨害罪(刑法96条の2)」という犯罪行為に該当することにもなりまねませんので、注意を要します。
また、財産分与の対象として「婚姻後に購入した夫婦共有名義の住宅を妻の単独名義にしたい」との相談をしばしば持ちかけられますが、離婚時点において未だに夫名義の住宅ローンが残っているような場合、通常、金融機関は、住宅ローンを完済しなければ抵当権解除には応じませんので、妻は抵当権付の状態で分与を受けるにとどまります。このような場合に「ローンは引き続き夫が支払う」との約束が夫婦間にあったとしても、後日、現実問題として夫が支払いをしなかった場合、妻が金融機関による強制競売から免れるためには、結局、自分でローンの残額を支払わなければならない状況に陥りますので、読者の皆様もこの手のご相談にはご注意ください。
【例】相手方は、申立人に対し、財産分与として、郵便局不通養老保険(保険 金額金300万円、保険証書記号番号01234567890号)の満期返戻金相 当額を支払う。なお、相手方は、満期日以降速やかに、同保険金の受 領手続に協力する。

 以上、代表的な離婚条件を並べてみました。この内、養育費・慰謝料のように金銭支払いを目的とする内容に関しては、多くの非有責配偶者が、かなりの高額な慰謝料・養育費を請求しようと考えているようです。しかし、金額の大小は、現実的には金を支払う有責配偶者の経済力如何に大きく関わっているのであって、資産の何もない有責配偶者からは何のお金も取れないケースが非常に多く、泣き寝入りを強いられている事案も相当数にのぼっているのです。

A 養育費回収の実際  

(1)給料差押えの必要性
ところで、冒頭の事案は、養育費の支払義務を負う男性の収入が、必ずしも自身の生計を維持するのに足りないというわけではなく、支払うために必要な収入があるにもかかわらず、不誠実にもこれを履行しないといった事案であり、ふたりの子供を育てる女性は、自身のパート収入だけでは3人分の生活維持が極めて困難な状況に陥っておりました。
せっかくまとまった調停条項も、こうなってしまうとただの紙切れです(この点、支払いを命じる勝訴判決を得たとしても、相手方が判決内容を無視しているのと同じ状況です)。女性としては、男性の財産を特定し、特定した財産に対して改めて強制執行の申立てを裁判所におこす必要があるわけです。
幸いにも本件では、男性が個人事業を営んでおり、メインバンクにある程度の積立等が存在するという事情が判明していましたので、直ちに銀行預金に対する差押命令の発令を求め、申立ての準備に着手しました。

(2)従来の問題点
本件の預金差押えをはじめとする強制執行は、従来、あらかじめ定められた支払期限を経過したものに限って許されておりました。冒頭の調停条項のケースでも、相談者の差押命令申立ては平成13年10月中旬でしたので、平成12年12月分から期限の到来している平成13年9月分までの50万円(1人あたり25,000円×2人分×10ヶ月)しか差押えは認められません。
本件も、無事に50万円の回収は完了しました。しかし、調停成立後1年近くにわたり一度も履行してこなかった男性が、差押えを受けたからといって、以後の履行に応じるかといえば極めてその可能性は少ないでしょう。かといって差押命令申立てにかかる費用を考慮すると、毎月のように行うわけにもいきません。結局、1年程度の期間を空け、再度の申立てを検討しなければならなかったわけです。

(3)民事執行法の改正
このような不都合を解消することを目的とし、強制執行の手続を規定する民事執行法が改正されました(改正法は平成16年4月1日より施行されています)。改正法では、子の養育費や扶養料、夫婦間の扶助の義務などの要保護性が高いと考えられている一定の家事債務に限って、期限未到来の部分についても差押えが可能となりました。但しこの場合も、「弁済期の到来した定期金についての差押えと同時に」という要件が課せられていますので、少なくとも1ヶ月分以上の未払いがあることが前提です。
但し、期限未到来の部分に関しては、差押えることができる財産に「給料その他継続的給付に係る債権」(給料のほか、賃貸業を営んでいる者が得る毎月の賃料収入、個人事業主が有する売掛金債権など)という限定が加えられており、かつ、『差押えられる継続的給付に係る債権の弁済期が、差押えを求める定期金の弁済期より後に到来する』という対応関係が必要であるとされています。
たとえば、毎月28日払いの養育費の支払いを求め、毎月15日を給料日とする給料債権を差押える場合を想定すると、平成16年6月15日に支給される給料債権を差押えることができるのは、平成16年5月分までの養育費に限られるということになるのです。つまり、法改正によって、期限未到来の部分についての差押えが可能となりましたが、現実的にお金が手許に来るのは期限到来後ということになるのです。そもそも養育費は、毎月一定金額が支払われることを前提としているものですから、このような限定が付されたとしても何らの不利益は発生しませんし、逆に支払義務を負う者の立場に立った場合も合理的な制度として理解できるのではないでしょうか。

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