司法書士による会社の破産申立書類作成業務

「司法書士による会社の破産申立書作成業務」

1 はじめに
(1) 本稿の構成
本稿は、司法書士が会社の破産手続開始申立書(以下、「破産申立書」という)作成の依頼を受けたケースを題材とし、本号の特集のテーマである「本人申立ての支援」という観点から考えられる法律実務家としての役割や心構えを中心に検討を試みることを目的とする。
また、会社の破産申立書作成業務は、司法書士が慣れ親しんだ消費者破産事件とは一線を画し、その論点も多岐にわたるところ、それぞれの論点について深い理解をすることは、公正で適切な破産申立書を作成するために不可欠であり、円滑な破産手続の進行にも資することになる。そこで本稿では、「本人申立ての支援」という観点から検討すべきいくつかの総論的な論点にも言及している。ことに司法書士固有の問題である代理権の範囲に関しては重要な論点として取り上げ、私見の整理を試みた。
なお、紙面の都合上、各論的な論点の検討はしない。これらについては、会社の破産申立書作成業務を司法書士の視点から論じた実務書である拙書『司法書士のための会社破産申立ての手引』(民事法研究会)を参照されたい。
(2) 理論武装の重要性
会社の破産事件では、不安や疑問を抱えた依頼者から頻繁に司法書士への問い合わせが繰り返されるのが通常だが、その中には、「この場合はどうしたらよいのか」というような司法書士に対し一定の意見や見解を求める趣旨のものも少なくない。このような問い合わせに際して重要なことは、依頼者に対し回答した内容や提供した法情報が法的根拠に基づき理論的に説明できるか否かという点である。この点は、何も会社の破産事件に限った問題ではなく、登記業務であっても他の裁判業務であってもいずれにも共通することであるが、私たち司法書士は法律の専門職である以上、あらゆる業務を行うに際して常に法的根拠に基づく理論構成を行うことを習慣化すべきであることは論をまたない。
ことに会社の破産事件では、数十件にものぼる多数の債権者や債務者との利害関係が生じるほか、申立書作成の過程において依頼者のとった行動が、以後の破産手続において裁判所や破産管財人(破2条12項)から評価を受けるという点も十分に意識しておかなければならない。
司法書士が依頼者に提供した法情報を原因とし、依頼者が法的根拠に基づき説明することができない誤った選択や行動をとった場合、破産管財人による否認(破160条以下)の対象となったり、代表者や保証人の破産事件において免責不許可決定(破252条4項)の対象となったりとその後の破産手続において支障を招く可能性もあり、結果的に依頼者のためにはならないことを認識しなければならない。

2 依頼者の支援
(1) 会社の破産事件の特徴
破産法をはじめとする倒産手続全般に共通する基本理念として、「債権者の平等」と「資産の散逸防止」のふたつをあげることができる。
会社の破産事件では、債権者数も負債総額も消費者破産事件に比べて膨大となるのが通常である。また、動産や什器備品、売掛金、車両や重機、不動産、預金等の資産の確保についても、消費者破産事件とは比較できないほど論点は多岐にわたる。さらに、ケースによっては従業員の解雇に伴う社会保険関係の手続や未払賃金立替払制度の活用、手形や小切手が振り出されている場合の対応、知的所有権に関する知識等、消費者破産事件では想定されない論点についての理解が求められる場合も少なくない。また、会社の破産申立書に加え、代表者やその家族、保証人等の複数の破産申立書の作成を同時並行で進めなければならないのが通常である。
したがって、破産申立書の作成を遂行するに際しては、破産法の理念や基本的な条文の規定についての深い理解が求められるのはもとより、消費者破産事件では経験することのない多岐にわたる論点についての十分な理解と申立書作成における実務上の問題についての十分な準備を整えておくことが必要となる。
(2) 信頼関係の構築
消費者破産事件においても、依頼者に対し破産申立書に添付するためのさまざまな書類収集を担ってもらったり、免責不許可事由に抵触するおそれがある場合には詳細な(時には依頼者にとって触れられたくないような事実についてまで)事情聴取を重ねたりする必要があることから、円滑な破産申立書作成のためには、依頼者と司法書士との間で相互信頼関係が構築される必要があることは論をまたない。この点は会社の破産事件でも同様であるが、会社の破産事件では、短期間のうちに会社と代表者を含む複数の保証人に関する破産申立書を作成しなければならず、膨大な事務作業を迅速かつ効率的に進めることが求められる。このため、申立書を完成させるまでには、短い期間ながらも依頼者との濃密な面談を繰り返さなければならない。
破産申立て前の依頼者は極めて不安定な精神状態にあるのが通常であるから、依頼者の司法書士に対する依存度は著しい。このため、司法書士は単に書類作成を担えばよいだけではなく、他の裁判書類作成業務と比べて依頼者の「精神的な支え」という役割を強く求められることとなる。仮に、司法書士が依頼者の精神的な支えいう役割を十分に果たすことができなければ、依頼者の破産申立てに向けたエネルギーや集中力も持続できなくなり、司法書士の本来の業務である破産申立書作成にも支障が出るのであるから、この点は避けて通ることはできない。
依頼者からは、電話による問い合わせも頻繁に受けるし、面談時には司法書士による説明や事情聴取の合間にもさまざまな質問が繰り返されるのが常であるが、依頼者との深い信頼関係を構築するためには、これらの質問や問い合わせに対し、あいまいな回答や問題を先送りするような対応をすべきではなく、破産法の理念や条文の規定を十分に理解したうえで分かりやすくかつ明快な回答を提示する必要がある。このような対応を繰り返すことが、依頼者の不安を和らげ、司法書士に対する信頼感を増幅させることにつながるのである。同じ質問が何度も繰り返されることも少なくないが、一つひとつの不安や疑問に丁寧に回答し依頼者を納得させることで、依頼者は再び破産申立てに向けた準備に向き合うことができるようになるのであるから、重要な過程の一つと位置づけるべきである。
(3) 公正・適切な書類作成
ところで、依頼者は「一部の債権者や保証人に迷惑はかけられない」との理由から債権者の平等性を害する弁済等を希望したり、「生活費を確保したい」との理由から確保すべき資産の散逸を招く行為を希望したりもするが、このような行為は破産管財人による否認の対象となるおそれがあること、当面の生活費すら確保できない場合には自由財産の拡張申立て(破34条2項4号。((5)(C)))による対応も可能であること等を説明しながら、時には依頼者を厳しく諭しこれらの行為を中止させる必要がある。司法書士の業務は破産申立書の作成ではあるが、単に形式を整えればよいわけではなく、破産法の理念に沿った公正で適切な申立てにつながる書類作成をしなければならないことは、言うまでもない。少なくとも、司法書士が破産申立書の作成に着手した以降は、依頼者が破産法の理念に反した行為をしないように十分な注意を払う姿勢が求められるのである。
(4) 倒産の“現実”
ところで、破産申立て前の依頼者の精神状態が極めて不安定な状態にあることは先述したが、会社の破産申立書作成業務に携わる司法書士としては、経営者の事業に対する思い入れや、倒産を目の当たりにした経営者の渦巻く心境にわずかなりとも思いを馳せ、共感しながら申立ての支援をする姿勢が、依頼者の「精神的な支え」という役割を果たすためにも求められよう。以下は前掲・拙書の冒頭からの引用であるが、依頼者のおかれている状況に配慮し、時に不安を拭い、時には勇気づけながら、本来の目的である破産申立書作成が円滑に進められるための「支え」となる必要があるものと考える。
なお、筆者が会社の破産申立書作成の依頼を受けた際には、依頼者に対し、倒産という現実は懸命に身を削り資金をつないできた結果であること、いつか終わりを迎える会社をどのように終わらせるのかも経営者の重要な務めであることの二点を常に説明するようにしているが、このことは依頼者にとって、倒産を受け入れようという「覚悟」をそっと後押しすることにも役立っているように感じている。
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(引用)
会社の経営者にとって、事業は「わが身」そのものである。どんな会社も、はじめは数人の仲間が手作りで立ち上げ、長い期間をかけて成長を続けてきたはずだ。経営者にとっての会社は、自分自身が育て上げ、あるいは先代から引き継ぎ、そして後世へと守り継いでいかなければならないひとつの「命」といってもよい。
そんな「わが身」の周りには、自身と家族の生活を託す従業員もいれば、長期にわたる取引を通じて支え、支えられながら信頼関係を構築してきた取引先もいる。事業というあたかも永久に続くかのような錯覚を抱きがちな糸が、ある日突然にぷつんと音を立てて途切れることは、経営者やその家族の生活の糧が失われるだけでなく、守るべき従業員を路頭に迷わせ、信頼によって結ばれた取引先との絆を裏切ることにもなる。なかには、「絶対に迷惑をかけない」と拝み倒した保証人がいる場合もあるだろうし、家族そろって「会社を続けるために」と返済しきれない借金を背負ってしまった場合もあるだろう。
司法書士の目の前にいる依頼者は、誰もが生まれて初めて遭遇するであろう決して想像し得なかった現実を前に、胸を引き裂かれるような葛藤と逡巡、すべてを失うことへの恐怖と不安、倒産を招いたことへの自責とその要因を作った第三者への怒りなど、さまざまな思いが混沌と渦巻いた極度に疲弊した精神状態に身をおきながら、それでもなお、経営者としての誇りを忘れず「最後の務め」をするためにそこに座っている。
これが、倒産の“現実”なのだ。
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(5) 実務上の対応
会社の破産事件では、消費者破産事件や他の裁判書類作成業務ではみることのできない様々な実務上の論点があり、破産申立書の作成を通じて今号のテーマである「本人申立ての支援」を担う司法書士としても、これらの特徴的な論点に対する対応に習熟しておく必要がある。よって以下では、実務上検討しなければならない多くの論点のうち、「本人申立ての支援」という観点から、依頼者やその家族への対応に関するものについて言及する。
(A) 避難場所の確保
会社の破産事件では、破産申立て後に一部の一般債権者が営業所や依頼者の自宅等を訪問し、強硬に弁済を要求することが予想され、中には暴行や窃盗、器物損壊等の犯罪行為に発展するケースも考えられる。取引先等の一般債権者にしてみれば、申立会社からの入金を前提とした資金繰りを予定しており、予定どおりの入金を受けることができなければ連鎖倒産せざるを得ない逼迫した事情を抱えている者も少なくないから、他に抜け駆けて少しでも回収しようともくろんだり、保証人をつけさせるために親族の間を連れ回したりする等の修羅場と化す事態も想定される。もっとも、貸金業者のような取立禁止規定(貸金21条)も存在しないため、有効な対応策がないのも事実である。
そこで、破産申立てから破産管財人が選任されるまでの期間は、依頼者とその家族の身の安全を図る観点から、必要に応じて一時的に親族の住居やビジネスホテル等への避難を促すことも検討しなければならない。特に、自宅が営業所を兼ねていたり近接していたりする場合には、このような措置が講じられる必要性は高まる。
また、司法書士との事務連絡を除き、携帯電話での対応も控えるように促し、依頼者やその家族が安心して落ち着いた時間を過ごすことができるように配慮すべきであろう。
なお、実際に筆者が破産申立書を作成した事案では、申立て当日に筆者が申立会社の事務所前を通りかかったところ、取引先の債権者と思われる者複数名が車内で待機している様子を目にしたこともある。依頼者としても、長年にわたり付き合ってきた取引先には迷惑をかけたくないという思いも強いため、面を合わせて懇願されると断り切ることができないことも容易に想定され、場合によっては債権者の平等性を害する事態が生じることも考えられる。したがって公正で適切な破産手続につなげる意味からも、依頼者や家族ができる限り債権者と接触しなくてよい環境を整えておく必要があろう。
(B) 作成書類と破産手続に関する説明
法律専門家である司法書士としては、いかなる業務の依頼を受けた場合でも、依頼者に対し「なぜこの書類を収集する必要があるのか」「今、作成している書類が法的にどのような意味をもつのか」等について十分な時間をかけて説明をし、難解な用語や手続について依頼者の理解を得ながら作業を進めるべきであるし、破産申立書作成に関する依頼者に対しては「破産手続開始の申立てをすることによりどのような法律上の義務や制約を受けるのか」等についての十分な説明がなされるべきでもある。しかし、会社の破産事件では、代表者や保証人の個人破産を含めた膨大な書類を、短期間で迅速かつ効率的に収集・作成しなければならないことから事務作業を優先せざるを得ず、依頼者に対し十分な説明をするための時間的余裕に乏しいのが現実である。また、依頼者としても、倒産という非日常を目の当たりにした不安と混乱の精神状態の中、さまざまな事務作業に追われながらも隠密に破産申立てのための準備を進める必要性から、外観上は通常どおりの日常を過ごすことが求められるケースも少なくない。このため、落ち着いて司法書士からの説明に耳を傾ける時間的・精神的余裕がないことが通常であろう。
そこで、申立てのための準備がすべて整ったタイミングで最終の面談の機会を設け、その席でこれまでに作成した申立書類一式を提示し、時間をかけてすべてに目を通しながら十分な説明をするのが効果的である。司法書士にとっては説明義務を果たす重要な機会であるとともに、依頼者にとっても、長年の事業経営に終止符が打たれるという現実を受け止め、今後の破産手続に向けて新たな一歩を踏み出す覚悟を決めるために必要な時間ではないかと考えている。また、この際に依頼者に対し、破産者として受けることになる義務や制約、今後の破産手続(破2条1項)の具体的な進められ方など、破産法に関する説明もあわせて行うべきである。
なお、破産法上、破産者に課される主な義務や制約は次のとおりである。司法書士が慣れ親しんだ消費者破産事件では、同時廃止決定(破216条)がなされる事案が多いためこれらの点が問題となるケースはあまり多くないが、会社の破産事件では破産管財人が選任されるのが通常であるから、依頼者に対し誤解のない説明を果たす必要がある点に注意したい。
(a) 居住の制限
破産者がその居住地を離れるためには、破産者の申立てにより裁判所の許可を得なければならない(破37条)。したがって、破産手続において行われる居住用不動産の売却に伴う転居、仕事の都合による異動等の場合、裁判所に対し許可を求める申立てを忘れずに行わなければならない。なお、居住制限の規定は破産会社の取締役等についても準用される(破39条)。
(b) 引致
破産者は裁判所による審問期日に出頭したり、債権者集会(破135条)、一般調査期日(破31条1項3号・112条1項)、特別調査期日(破122条1項)に出席したりしなければならず(破136条1項・119条3項・122条1項)、破産者がこれらに理由なく欠席を繰り返すような場合、裁判所は勾引(刑訴64条以下)の規定に準じて破産者の引致を命じることができる(破38条)。
(c) 説明義務
破産者は、破産管財人等から請求を受けた場合、破産に関する必要な説明をしなければならない(破40条1項1号)。破産会社の取締役等も同様である(同項3号)。個人である破産者が説明義務に違反した場合は免責不許可事由に該当することとなるので、注意を要する(破253条1項11号)。なお、裁判所の許可がある場合、破産会社の従業員にも説明義務が課せられる場合がある(破40条1項5号)。特定の従業員が経営に深く関与している等の事情がある場合には、念のため当該従業員に対しその旨を説明しておく必要もあろう。
(d) 郵便物等の管理
破産管財人が選任されると、裁判所は、破産管財人の職務遂行のために必要があると認められる場合、破産者宛ての郵便物等を破産管財人宛てに配達するように信書の送達の事業を行う者に対し嘱託することができ(破81条1項)、破産管財人は破産者宛ての郵便物等を開封することができる(破82条1項)。
破産者が資産を隠匿したり債権者を遺漏したりしており、これによって破産手続に支障が生じるおそれを防止することを目的とした規定であり、実務上もこの嘱託がなされるのが通常である。したがって、原則として破産手続が終了するまで(破81条2項・3項)、破産者は定期的に破産管財人のもとへ郵便物等を受け取りに行かなければならない。
(C) 自由財産拡張の申立て
会社の代表者である依頼者は、破産申立てにより収入を失うのが通常である。家族のだれかに相当程度の収入があれば当面の援助を受けることも可能だが、多くのケースでは生計の維持が困難な状況に陥ることとなる。このため、依頼者からは「保険や預金の解約金を当面の生活費に充てるため手許においておきたい」等と要請されることも少なくない。この点、法律では99万円までの現金は自由財産とされているが(破34条3項1号、民執131条3号、民執令1条)、破産申立て直前の解約等によって換価された現金は破産財団(破2条14項・34条)に属すると解するのが実務上の取り扱いであるため、依頼者の要請に応えることはできず、原則としてその全額を破産管財人に引き渡さなければならない(破78条1項)。そこでこのような場合に、依頼者とその家族の当面の生活費を確保することが合理的であると判断されるような一定の事情があるケースでは、裁判所は、破産者の申立てまたは職権により、破産管財人の意見を聴いたうえで破産財団に属しない財産の範囲を拡張する旨の決定をすることができるものとされている(破34条4項・5項)。
「債権者の平等」と「資産の散逸防止」は倒産手続のふたつの基本理念であるが、一方で破産手続は個人の債務整理のための法的手段の一つであるし、個人である破産者には原則として免責許可の決定がなされることから(破252条)、個人にとっての破産手続は破産者の「経済的更生」をもその理念の一つに掲げているものと考えられる。したがって、司法書士が会社の破産申立書作成の依頼を受けた際には、同時に依頼される個人の破産申立書作成を通じ、代表者やその家族、あるいは保証人の今後の生活再建をも視野に入れた「本人申立ての支援」が求められることになるのである。このような観点から自由財産拡張の申立ては実務上もしばしば活用されているが、自由財産が拡張されることにより債権者への配当原資はその分減少することになり、債権者の利益に著しい支障が生ずることもあり得る。したがって、拡張の必要性については丁寧に事情聴取を行い、詳細な申立書を作成することが求められるのである。
なお、自由財産拡張の申立ては、破産手続開始決定(破30条)のあった時から同決定が確定した日以後1カ月を経過するまでの間に行う必要がある。また、拡張が認められるためには@破産者の生活の状況、A破産手続開始の時において破産者が有していた自由財産の種類および額、B破産者が収入を得る見込み、Cその他の事情が考慮されるため、各要件についての詳細な検討が必要となる。

4 破産申立書作成と司法書士の代理権
ところで昨今、司法書士の代理権の範囲をめぐる訴訟が全国各地で相次いでいる。司法書士業務として何ができ、何ができないのかを明確に峻別することは困難なケースも想定されるが、先述(1(2))したように、個々の司法書士が自身の下した判断や自身の取った行動を法的根拠に基づいて理論的に説明できる態勢を整えておくことが重要なのである。このような観点から、本稿の最後では、破産申立書作成業務の依頼を受けた際にいわゆる「受任通知」を送付することの是非につき、私見を整理することとする。
(1) 選択可能な倒産手続
筆者が経験した会社の破産事件では、ほとんどのケースで金融機関からの借入金、国税徴収法または国税徴収の例によって徴収することのできる請求権(破97条4号。いわゆる「租税等の債権」)、破産者の使用人の給料または退職手当の請求権(破149条1項・2項。いわゆる「労働債権」)、取引先等に対する買掛金等が負債全体の大半を占めており、一見して支払不能または債務超過(破15・16条)であることが明らかである場合がほとんどである。
一般に、司法書士が破産申立書作成の依頼を受けるケースでは、申立会社は小規模零細企業であることが想定される。事業形態も営業部門が複数に分かれるケースはまれであり、毎月の売り上げでランニングコストを賄うだけの自転車操業状態に陥っている場合がほとんどであろう。仮に、複数の営業部門を有している場合でも、本業は赤字状態に陥っており、その他いくつかの副業による利益によってかろうじて経営を続けている状態であることが予測される。
会社の倒産手続としては、破産手続のほかに再生手続や更生手続のようないわゆる再建型手続の選択も考えられるが、これらの再建型手続は、既存債務を圧縮することにより事業の黒字転換を図る見込みがあったり、スポンサーによる営業の譲受けが見込まれたりするケースでなければ選択する実益に乏しく、小規模零細企業の多くは、筆者が経験した事案と同様、およそ再建計画の立案すら困難な状態にあるものと推測され、選択できる手続は自ずと破産手続に限られるケースがほとんどであろう。
(2) 受任通知送付の可否
破産法では、破産事件は地方裁判所に専属するとされているため(破5条)、司法書士には破産手続開始申立てに関する代理権はない(司書3条1項6号)。したがって、相談時において破産申立てに方針が確定する場合、債権者に対し、破産申立書作成の依頼を受けたことを理由として受任通知を送付することはできない。
この点、代理権の有無にかかわらず受任通知の送付が可能であるとの考え方もあるようだが、以下の理由により消極と解さざるを得ない。
受任通知を受け取った債権者の多くは、貸金業法が定める取立禁止効(貸金21条1項6号)の趣旨に鑑み、同号の適用がないケース(認定司法書士(司書3条2項)ではない司法書士からの通知、破産申立てのように簡裁訴訟代理等関係業務(司書3条1項6号・7号)以外の業務を前提とする通知、貸金業者以外の債権者に対する通知等)であっても債務者への接触や連絡を自粛するケースが少なくないようである。
しかしそうすると、依頼者と連絡を取ることができない債権者は、自ずと受任通知の差出人である司法書士に対し、状況の確認や今後の弁済の意思等についての問い合せをすることとなろう。しかし、上記いずれのケースでも司法書士は依頼者の代理人となることはできないため、債権者からの問い合わせに対し自ら回答する権限を有しない(回答するとしても、依頼者の使者としての回答に止まる)。
したがって、代理権に基づかない受任通知を送付することは、結果的に債権者に不安定な状態を強いることとなるし、場合によっては債権回収という債権者の正当な権利行使を不当に阻害する結果ともなり得ないからである。
(3) 高利貸金業者が含まれる場合
(A) 個々の債権者との関係
ところで、実際に会社の破産申立書作成の依頼を受けると、債権者の一部に利息制限法所定利率を超過する貸付を行う者(以下、「高利貸金業者」という)が含まれる場合も少なくない。
この場合、債権額を確定するために利息制限法所定利率による引き直し計算(以下、「債権調査」という)をする必要が生じるのだが、取り得る選択肢が破産手続以外にないことが明らかなケースでは、破産申立書作成の依頼を受けたことを理由とする受任通知の送付はできない。
この点、消費者破産事件の場合は債権者のほとんどが高利貸金業者であることが一般的であるため、債権調査をしなければ破産原因(破15条)があるか否かの判断ができず、相談時においては方針が確定しないのが通常である。このように、代理権の範囲内であるか否かが判然としない場合は「とりあえず相談(筆者注・いわゆる7号相談を指す)に応ずることはできる」と解されているので(小林昭彦・河合芳光『注釈司法書士法』99頁(テイハン))、まずは各債権者に対し受任通知を送付し、債権調査のために必要な資料の開示を求めることとなる。
この場合の受任通知は、先述した破産申立書作成の依頼を受けたことを理由とする通知ではなく、個々の債権者との関係で簡裁訴訟代理等関係業務(弁済または過払金返還請求に関する裁判外の交渉または訴訟代理)の依頼を受けたことを理由として送付されるものであるから、代理権に基づいた受任通知である。
そこで、会社の破産事件において債権者の一部に高利貸金業者が含まれる場合に、破産申立書作成の依頼を受けたことを理由とする受任通知を送付することはできないとしても、個々の高利貸金業者との関係において簡裁訴訟代理等関係業務の依頼(具体的な依頼の内容としては、過払金の存否を調査し、これが存在する場合には返還請求に関する裁判外の交渉または訴訟行為の代理を行うこと)を受けたことを理由とする受任通知を送付し、債権調査のために必要な取引経過の開示を求めることの可否を検討する必要が生じる。
なお、この問題は会社の破産事件固有の問題というわけではなく、個人事業主の破産事件であっても同様であるし、消費者破産事件であっても負債の大部分が金融機関や保証会社を債権者とする住宅ローン債権や保証債権であり、高利貸金業者の債権額あるいは過払金の有無およびその額によっても、破産手続以外に取り得る選択肢がないようなケースにも当てはまる。
(B) 債権調査の意義
この点を検討するに際しては、債権調査の法的意義から紐解くことが重要であると考える。
一般に、各裁判所に備え置かれた破産申立書の書式には「過払金の有無」が申告事項して明記されているが、これは単に、破産手続において破産者の資産の隠匿あるいは散逸を防止するという破産法上の要請だけではなく、みなし弁済の成立を否定した相次ぐ最高裁判決を受け、「利息制限法所定利率を超過する違法な利息は高利貸金業者に一切残すべきでない」とする司法の要請の表れとも評価できる。
そうすると、消費者破産事件において、方針決定に先立って債権調査を行う現状の実務は、過払金の発見による資産の確保という破産法上の要請に適うだけでなく、より広い視点に立てば、破産申立書作成業務を通じて「利息制限法違反状態を是正すべき」とする司法の要請にも適うこととなるのである。
したがって、高利貸金業者を債権者に含む債務整理に関する依頼を受けた司法書士には徹底した債権調査を行う責務が課されていると考えるべきであるから、会社の破産事件のように当初から方針が確定しているケースであったとしても、債権者の一部に高利貸金業者が含まれている場合には、過払金の存否の調査のために簡裁訴訟代理等関係業務に基づく受任通知を送付し、正確な債権調査・資産調査に基づく破産申立書作成を遂行するのが妥当であると結論づけられよう(なお、この場合も受任通知を送付できるのは認定司法書士に限られ、簡裁訴訟代理等関係業務を行い得ない認定司法書士以外の司法書士が受任通知を送付することはできない)。
(C) 実務上の問題
ところで、会社の破産事件では、近く手形や小切手の不渡りが予定されているケース、当月の金融機関への返済や取引先等への支払いに要する資金のショートが見込まれるケース等も十分に予測される。
このような場合に破産申立てが遅れると、不渡りや延滞納の事実を知った金融機関が申立会社の預金口座を凍結したり、取引先等の一般債権者が抜け駆け的回収を図ろうとしたりすることにより大混乱が生じ、資産の散逸を招いたり債権者の平等性が害されたり偏頗弁済(破162条)が行われたりする等、破産法の理念に抵触する事態を惹起することにもなりかねない。
したがって会社の破産事件では、可能な限り相談を受けた直近の支払日までに破産申立てを行う必要があり、迅速かつ効率的な事務処理が求められることとなるのだが、高利貸金業者から取引経過が開示されるまでには早くても2週間程度の期間を要するのが通常であり、業者によっては1カ月以上待っても開示されないケースは少なくなく、債権調査の完了を待っていては申立予定日に破産申立てをすることができない事態も想定される。
そこで実務上は、申立段階では債権額を金0円とし、債権者一覧表の備考欄に「債権調査中」の旨を注記するなどし、債権調査が終了し次第の債権額を訂正する等の対応が必要となる。また、申立てに先立って過払金の存在が明らかになった場合でも、申立予定日までに回収を図ることができないような場合は、返還請求そのものを破産管財人に委ねるのが妥当であろう。
(4) 高利貸金業者以外の債権者への対応
一方、金融機関や取引先等の高利貸金業者以外の債権者の場合、債権調査によって過払金の存在が明らかとなることはなく、個々の債権者との関係で簡裁訴訟代理等関係業務に基づく受任通知を送付し得る法的根拠は見出せない。
無論この場合も、破産申立書作成の依頼を受けたことを理由とする受任通知は送付できないから、結論として会社の破産申立書作成に先立って高利貸金業者以外の債権者に受任通知を送付することはできないこととなる。
もっとも、仮にこのような債権者に受任通知を送付したとしても、貸金業法のような通知を受けた債権者に取立禁止を強制するような法的根拠はなく、送付する実益は乏しい。
そればかりか、実務上は先述((3)(C))のような混乱を回避するために、隠密に申立ての準備を進めなければならないという現実的な要請もはたらくため、いたずらに混乱を招く可能性のある受任通知の送付は避けるべきである。
(5) まとめ
以上に検討したとおり、そもそも受任通知を送付できるのは認定司法書士が簡裁訴訟代理等関係業務の依頼を受けた場合に限られ、会社の破産申立書作成の依頼を受けた司法書士は、破産申立書作成の依頼を受けたことを理由とする受任通知を送付することはできない。この場合も、債権者の中に高利貸金業者が含まれている場合には、認定司法書士に限って高利貸金業者に対し簡裁訴訟等代理関係業務の依頼を受けたことを理由とする受任通知を送付し、徹底した債権調査を行う必要があるものと整理できる。
なお、本私見に対しては司法書士界内からの反論や批判も少なくないものと予想されるが、本稿が議論の喚起の一助となれば幸いである。

 

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