売却予定の土地が相続未了。相続人の一人が国籍離脱

売却予定の土地が相続未了。相続人の一人が国籍離脱
【事案の概要】
相談者(A)は、亡母(B)の長男です。
Bの実家周辺には、Bが先代から譲り受けた農地があったところ、付近に居住するBの二男(C)から「ミカン畑として利用したい」との申し出があったため、昭和30年代にCに無償譲渡したそうです。もっとも、Cは農家資格を有しておらず農地法の許可が得られないことから、登記名義はBのままで、Cのために仮登記の申請をした状態で現在に至っています。
ところで、Bの長女(D)は、アメリカ人と結婚して日本国籍を失っています。
Bが他界した際、この土地について司法書士に相続登記を依頼したそうですが、日本国籍を失ったDについての手続きがわからないとの理由で放置されてしまったとのこと。
今では贈与を受けたCも他界し、その息子(相談者から見た甥(E))から「土地の購入希望者が現れた。買ってもらうためにはいったん自分(E)の名義にしなければならないから、協力してほしい」と名義変更の要請を受けたとのこと。
Aによれば、Bの相続人は全部で30名を超えていますが、渡米したD以外の相続人はいずれも以上の事情を理解しており、手続きへの協力が得られるとのこと。しかし、Dは渡米後はいちども帰国しておらず、生死も不明。仮に生きているとすれば100歳を超えていますので死亡している可能性は高いものの、死亡しているとするとDの相続人が誰になるのかはまったくわからず、途方に暮れている様子でした。
【実際に選択した解決策】
この事案では、土地の贈与を受けたCについて時効取得が成立していました。
時効取得をざっくり説明すると「他人の所有物であっても、自身の所有物として20年間管理し続ければ所有権を取得することができる」という制度です。
CはBから昭和30年代に土地の贈与を受け、この土地にみかんの樹を植え、長年にわたりみかん栽培を続けてきたとのこと。往時は農協へ出荷していたようですが、Dの晩年から没後は、自分たちで食べたり近所に配ったりする程度だそうで、私が現地を訪ねた時にも数本の樹に実がなっていました。
時効取得が成立する場合、農地法の許可がなくてもC名義への登記名義の変更が可能です。そのためにはDの相続人全員から実印と印鑑証明の手配に応じてもらう必要がありますが、相続人の一人であるDの行方が分からないのでこの方法は採用できません。このような場合には、Bの相続人全員を相手に登記名義の変更を求める裁判が利用できます。裁判所が「名義変更せよ」という判決を出すと、実印や印鑑証明がなくても登記申請が受理されるのです。Dは行方不明であり、おそらく他界しているとのことですが、このような場合でも民事訴訟法という法律の手続きを利用することにより裁判を進めることができます。
そこで、Eから委任状をいただき、Eを原告、Aの相続人のうちEを除く全員を被告とし「時効取得によりBからCの名義に登記名義を変更せよ」という訴訟を提起しました。直接E名義とすることができればよいのですが、時効成立時にこの土地を管理していたのはCですので、一旦はC名義とし、その後にCからEへと相続登記をする必要があるのです。
被告は30名を超えるため大変な作業でしたが、無事に判決を得ることができ、解決に至っています。
【改正法の利用 〜 所在等不明共有者の持分譲渡権限付与 】
改正法では、不動産の共有者に所在不明の者がいる場合に、所在不明の共有者の共有持分を第三者に譲渡する権限を付与することを求めることができる、新たな裁判手続きが新設されました(所在等不明共有者の持分譲渡権限付与。262条の3)。
この事案のように、相続が開始した日(Bの死亡の日)から遺産分割協議が完了するまでの間は、Aの遺産である土地建物は相続人全員(AやEを含む30名超)が共有しています。この状態を、相続による共有ではない通常の共有と区別するため「遺産共有」とよび、相続開始から10年が経過した遺産共有についても、改正法262条の3が適用されます。
そこで、相談者であるAを申立人とし、「Dの共有持分を第三者に譲渡する権限をAに付与することを求める」という裁判が認められれば、Dの共有持分を含めて第三者に売却することができることになります。
【手続きの概要と注意点】
多くは「所在等不明共有者の持分取得」(別稿)の規定に準じます。
以下では、重複する部分を含めて整理しています。
(1)不動産
所在等不明共有者の持分譲渡権限付与の裁判は、不動産の共有状態を解消するために新設された制度ですので、不動産以外(動産、株式など)の共有者がこの制度を利用して共有状態を解消することはできません。もっとも「不動産の使用又は収益をする権利」については不動産に準じて取り扱われますので、土地や建物に対する借地権や地上権などの共有状態を解消する際には利用可能です。
(2)遺産共有
相続が開始したことにより遺産共有の状態となった不動産は、相続開始の日から10年が経過した以降でないとこの裁判は利用できません。10年が経過する日までは、遺産分割協議の成立を模索するしかありません。
(3)所在不明
条文上は「他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない」ときにこの裁判が利用できると定められています。実際には、住民票や戸籍、登記記録などの公文書の調査、取寄せはもちろんのこと、現地調査や近隣住民への事情聴取をした結果を報告書にまとめて裁判所に提出することになるでしょう。
(4)公告・通知
申立てを受理した裁判所は、共有持分を失うことになる所在不明の共有者からの異議申出の機会を確保するため、3ヶ月以上の期間を定めた公告をします。所在不明の共有者が公告の内容を見て異議を申し出るということは通常は考えられません。
また、公告の内容は、持分譲渡権限付与の申立てをした共有者以外の共有者に対して裁判所から個別に通知されます
(5)供託
この制度は、所在不明の共有者の共有持分を、同人の関与がない状態で別の共有者に持分譲渡権限を付与する手続きですので、これによって共有持分を失うことになる所在不明の共有者の利益を確保しなければなりません。そこで裁判所は、持分譲渡権限付与を希望する共有者に対し、譲渡権限を付与する共有持分の申立時における時価相当額の供託を命じます。時価算定の資料とするため、申立時には不動産業者による査定書などの準備が求められることになりそうです。
共有不動産全体を売却した際に得られる利益から、所在不明の共有者が按分取得することになる代金相当額を売却に先立って国に対し納付し、これを条件に所在不明の共有者の共有持分ごと売却するイメージですね。
(6)持分移転登記
期間内に異議の申し出がなく、供託の手続きも完了すると、裁判所は持分譲渡権限付与決定の裁判をします。この裁判があった場合、2カ月以内に共有不動産を第三者に譲渡しなければなりません。2カ月以内に第三者への譲渡ができない場合は、持分譲渡権限付与の裁判も効力を失う点に注意が必要です。
(7)所在不明共有者からの時価相当額請求
所在不明の共有者は、供託金の還付を受けることにより時価相当額の金銭を取得できます。
なお、供託金が実際の時価を下回っている場合、差額の請求をすることも可能ですが、持分の譲渡権限が付与された共有者との間で協議が調わない場合は、訴訟による解決を図らざるを得ません。
【従来の手続きとの比較】
持分譲渡権限付与の裁判では、持分譲渡権限付与を希望する共有者が時価相当額を供託しなければなりませんので、あらかじめ供託金がどのくらいになるのかを想定して納付を準備しておく必要がありますが、持分取得の場合と異なり、2カ月以内に第三者に売却する必要があることから、供託金相当額は売却代金によって補填されることとなり、供託金の納付も一時的な立替えにすぎないこととなります。
もっとも、供託金が時価であるのに対し、売却による実際の手取金は諸経費控除後の金額となりますので、供託金を下回る可能性は否めません。また、所在不明の共有者が有していた共有持分に相当する分の譲渡所得税の納付義務者が誰になるのかは、今後の動向を確認する必要があります。
では、この事案を持分譲渡権限付与の裁判を利用して解決するとした場合、どのような点を検証する必要があるでしょうか。
Cは、もともとこの土地を無償で譲り受けています。また、時効取得で所有権移転登記を求めるについても、裁判や登記に要する費用が生じること以外に、他の共有者、とりわけ所在不明であるDに対する金銭の支払いは必要ありません。一方で、持分譲渡権限付与の裁判を利用した場合は、Dの法定相続分相当の時価を供託する必要がありますので、この点だけを比較すると持分譲渡権限付与の裁判を利用する実益は低いようにも考えられます。
しかし、この事案ではBの相続人が30名を超えており、戸籍の調査や裁判、登記の事務作業に要する多額のコストを負担いただく必要があります。一方、対象となる土地は農地であり、固定資産評価額は数万円程度、時価評価をした場合の供託金もさほどの負担額にはならないことが予測されますので、トータルのコストで考えれば、おそらく持分譲渡権限付与の裁判を利用する方が負担減となるでしょう。
ところが、手続き面では、この事案は裁判を利用しましたので時効取得によりC名義とすることについて、Bの相続人ら30名超の実印や印鑑証明書は不要でした(判決が代わりとなることは先述)。第三者への売却についても、売主として売買契約に署名したり、農地法や登記の手続きの申請人になったりするのはE一人だけであり、円滑な処理が見込まれます。一方で持分譲渡権限付与の裁判を利用した場合、売主はDを除くBの相続人全員ということになります。実体上はBからCが無償で譲り受けた土地ですから、売却代金は全額Cが受領することで問題は生じないでしょうが、手続き面では30名超が売買契約書への署名や農地法、登記等の手続きに関与しなければならなくなり、この作業を2カ月という限られた期間内で不備なく完遂することには多大な労力を伴うことが容易に予測できます。
したがってこの事案は、最終的な第三者への所有権移転登記完了までの先々の手続きを詳細に検証し、いずれの手続きが妥当であるのかを見通すプランニング力が求められる事案であったいえるでしょう。
一方、共有者が数人で、所在不明の共有者を除く共有者全員が売却に同意しているような事案では、売却に先立って所在不明の共有者を共有関係から離脱させるための手続き(共有物分割訴訟)をとったり、所在不明の共有者について不在者財産管理人を選任したりする手間が省けるという点で、利用価値の高い手続きであると考えられます。

原稿一覧

司法書士法人浜松総合事務所

〒431−3125
静岡県浜松市東区半田山5丁目39番24号
TEL 053−432−4525
マップ