兄と連名の戸建て住宅を貸したいが、兄とは音信不通

【事案の概要】
相談者ら(A・B)は、亡父から相続によりA・Bの兄(C)との連名(持分割合は各3分の1)で譲り受けた戸建ての賃貸住宅を所有しているところ、入居者(D)に家賃の滞納が生じているため、Dとの間の賃貸借契約を解除して明け渡しを求め、別の入居希望者を募集したいと考えていました。
ところが、Cは数年前に家を出たまま行方不明となり、音信不通の状態が続いています。Cは個人で商売をしていたのですが、資金繰りに困っている様子で借金も抱えていたようですので、借金の取立てから逃げながらどこかでひっそりと暮らしているのではないかと推測されています。
A・Bとしては、家賃を支払わないDには早々に退去いただき新たな契約を締結したいと考えていますが、A・Bの二人だけで契約の解除や締結は可能でしょうか?
【実際に選択した解決策】
 共有物について民法は、共有物の「管理」に該当する行為は共有持分の過半数の同意により決することができる一方、共有物の「変更」に該当する行為は共有者全員の同意によらなければならないと定めています。
 賃貸借契約を解除する行為は、共有物の「管理」と考えられています(最高裁昭和39年2月25日判決。解除の不可分性(当事者の一方が複数人となる契約の解除は全員でしなければ効力が生じないとする考え方(民法544条)の例外)。A・Bの持分を合計すると3分の2となり過半数に達しますので、Cの関与がない場合でも契約の解除は可能です。この事案でも、A・Bの二人を依頼者とし、Dに対する建物明渡しと未払賃料の支払いを求める訴訟を提起しました。
 一方、この事案のように新たに借家の契約を締結する行為は、共有物の「変更」に該当します(東京地裁平成14年11月25日)。借家契約は、賃借人の居住権の確保という観点から、借地借家法という法律の規定により存続期間を所定の期間(3年)以内に制限したとしても、賃貸人からの契約の更新拒絶あるいは中途解約のためには正当事由(立退料の支払いなど)が必要とされています。このため、いちど契約を締結すると、事実上長期間にわたって貸し続けなければならないことになる点で共有者への影響が大きいことから、全員の同意が必要とされているのです。
 したがってこの事案は、Cの関与がなくても解除・明渡しまでは進むものの、このままでは新たな入居者との契約締結はできません。一つの方法としては、Cのために不在者財産管理人の選任申立てをすることが考えられます。もう一つの方法は、新たに締結する契約を「定期借家契約」(借地借家法38条1項)とする方法です。定期借家契約には契約更新の規定が適用されませんので、契約期間が満了すれば自動的に契約は終了します。したがって、通常の借家契約のような契約期間の長期化が避けられることから共有者に与える影響も一定の範囲に制限されることとなるため、共有物の「管理」に該当するものとして共有持分の過半数の同意によって決することができるとされているからです。
契約の更新はありませんが、契約終了時に双方の合意で再契約を締結することは可能ですので、引き続き居住を希望する入居者にも対応できます。もっとも、定期借家契約を締結する際には公正証書を作成しなければなりませんので、再契約の都度、公証役場に一定の費用を納めて公正証書を作成しなければならない点にご注意ください。
【改正法の利用 〜 共有物変更許可決定 】
 改正法では、所在不明の共有者がいる場合でも、所在不明の共有者以外の他の共有者の同意を得て共有物に変更を加えることができる裁判(共有物変更許可決定。251条2項)を請求できる制度が新設されました。
 したがってこの事案でも、A(またはB)がB(またはA)の同意を得たうえで、裁判所に対し、建物を目的とする賃貸借契約を締結することの許可を求めることができます。
【手続きの概要と注意点】
(1)所在不明
 条文上は「他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない」ときに共有物変更許可決定の請求ができると定められています。実際には、住民票や戸籍、登記記録などの公文書の調査、取寄せはもちろんのこと、現地調査や近隣住民への事情聴取をした結果やCが行方不明になった経緯等を報告書にまとめて裁判所に提出することになるでしょう。
(2)公告
 申立てを受理した裁判所は、1か月以上の期間を定めて所在不明の共有者からの異議申出の機会を確保するための公告をします。
 この異議申出期間内に適法な異議がない場合、共有物許可変更決定の裁判がなされます。
(3)契約締結後の賃料
 改正法では「共有物を使用する共有者は、別段の合意がある場合を除き、他の共有者に対し、自己の持分を超える使用の対価を償還する義務を負う」と定められました(249条2項)。
 したがって、この事案において共有物変更許可決定の裁判があった場合でも、新たな入居者から得られる賃料のうちの3分の1に相当する額については、AまたはBは、Cが帰来してCから請求があった場合に支払いを拒むことができません。
 もっとも、Cが行方不明のままであった場合、賃料請求権の発生日(例えば、翌月分を毎月末日までに前払いする特約が付されている場合の令和3年12月分の賃料請求権発生日は、令和3年11月30日となります)から10年で時効により消滅すると考えられますので(166条2項)、10年が経過した分については、A・Bの協議により(あるいは協議がない場合は持分の割合に応じて按分)分配すればよいことになります。
【従来の手続きとの比較】
 共有物許可変更決定は、不在者財産管理人を選任するよりもはるかに利便性が高いものと考えられます。
 というのも、この事案でCのために不在者財産管理人を選任した場合、管理人の職務は、当該建物について賃貸借契約を締結することに限定されず、負債を含めたCの財産すべての管理に及ぶことになります。このため管理人は、負債はもちろん、金融機関に照会する等の方法によりCの資産を把握するように努めなければなりません。また、債務超過が明らかとなった場合でも管理人としての職が終了するわけではなく、行方不明となった時点から7年の経過を待って失踪宣告の申立てしこれが認められることによって、管理業務が終了するのが原則となります。当然、この間の管理人の報酬が発生しますが、Cの財産で賄うことができなければ、管理人選任を申し立てたAやBがこれを負担しなければならなくなります。
 したがって、今後はこの事案のようなケースでは、共有物変更許可決定の制度を利用するのが妥当といえるでしょう。

原稿一覧

司法書士法人浜松総合事務所

〒431−3125
静岡県浜松市東区半田山5丁目39番24号
TEL 053−432−4525
マップ