工場の敷地の一部が他人名義で所在も不明

工場の敷地の一部が他人名義で所在も不明
【事案の概要】
相談者は、市内で産廃物を営むA社の代表者B。
A社では、平成の初めに土地を購入して新工場の稼働を始めました。しかし、購入した複数筆に囲まれた数平米の小さな土地は、購入時にあらゆる手を尽くしましたが登記名義上の所有者を探し当てることができず、かといってこの数平米を除いて工場を稼働させることには支障が生ずるため、所有者不明のまま工場の敷地として使用し始めました(該当の土地は建物の敷地とはなっていないため、建築確認申請に手続きには支障がありませんでした)。
以上の経緯から、Bより「当社名義に変更できないだろうか?」との相談がありました。
【実際に選択した解決策】
 この事案では、問題の土地が工場の敷地の一画に位置する数平米の小さな土地であり、周囲の土地はすべてA社が購入済み。該当の土地も含めて工場敷地として現在まで継続して利用しているとのことですので、遅くとも工場の建築工事に着手した日には、A社がこの土地を自社の所有物として管理し始めたと考えることができます。この状態が20年間継続すれば、時効取得という方法によりA社に名義変更することが可能となります。
 もっとも、登記名義人の所在が不明とのこと。実際に、現地調査や周辺住民からの聞き取り調査をしても何の手がかりも得られませんでしたので、登記名義人から登記手続きへの協力を得ることは不可能でした。
 しかしこのような場合でも、行方不明者を相手方とし、公示送達という方法による裁判を求めることが認められています。裁判所の敷地内にある掲示板に「誰それ宛てにこのような裁判が起こされているから書類を受領しに来なさい!」という告知書を掲示するのが公示送達の具体的方法なのですが、このような告知を相手方が目にすることは通常はあり得ないので、公告期間の満了日に、相手方が裁判書類を受領したものとみなすことができるとされているのです。
 相手方が裁判に関与できない状態で手続きが進行することから、相手方への不利益が可能な限り生じないようにするため、裁判を起こした側では、裁判で求める事実(この事案では取得時効が成立しているという事実)を具体的に立証しなければなりません。そこで、周囲の工場敷地の売買契約書や登記記録、工場の建築確認や図面、現地の写真、代表者や工事担当者の陳述記録などを証拠資料として提出することにより、時効取得の成立が認められました。
【改正法の利用 〜 所有者不明土地管理人選任申立て 】
 改正法では、所有者が不明な土地について、利害関係人の申立てにより地方裁判所が所有者不明土地管理人を選任し、選任された管理人に該当の土地の管理を専属させる新たな制度が新設されました(264条の2)。
 A社は該当の土地について所有者不明土地管理人に対し時効の主張をしたうえで、管理人と共同で登記名義をAに変更する申請をすることができます。また、時効取得が認められないような事情があるケースでも、所有者不明土地管理人は裁判所の許可を得て管理する土地を売却することができますので、管理人との間で新たに売買契約を締結することも可能です。ただし、売買契約を締結することを前提に管理人選任の申立てをする場合には、後掲(3)の要件を子細に検討する必要がありそうです。
【手続きの概要と注意点】
(1)所有者の不明
 条文上は「所有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない」ときにこの所有者不明土地管理人の選任を求めることができると定められています。実際には、住民票や戸籍、登記記録などの公文書の調査、取寄せはもちろんのこと、現地調査や近隣住民への事情聴取をした結果を報告書にまとめて裁判所に提出することになるでしょう。
(2)必要性
 裁判所が土地の状況を踏まえ、管理人を選任する必要があると判断した場合でなければ、管理人は選任されません。たとえば、所有者の行方が不明となる前に適法に賃貸借契約を締結し、借地権に基づいて使用を継続しているようなものがいる場合には、管理人を選任して管理させる実益に乏しいことから申立てが却下される可能性があります。
 これを事案において検討すると、A社は該当の土地については無権限者であり不法占拠者ではありますが、既に20年にわたって継続し自社の所有物として管理を継続していることから、時効取得が成立する見込みがあり、時効取得が認められれば「適法な土地の使用者」と評価される可能性も否めません。
 このような事情から、この事案において裁判所が所有者不明土地管理人を選任するか否かは、現段階では断定できません。事案の集積が待たれるところです。
(3)利害関係
 所有者不明土地管理人の選任を求めることができる者は「利害関係人」とされ、土地を時効取得したと主張する者は利害関係人に該当すると考えられていますので、A社もこれに該当します。
なお、ほかに利害関係人としては、次のような者が考えられます。
 ・土地の管理不全により不利益を被るおそれがある隣接所有者
 ・土地を取得しようとする公共事業の実施者
 ・土地を取得すようとする民間の買受希望者
 ただし、民間の買受希望者については一律に利害関係が肯定されるわけではありません。立法過程における議論によれば、買受希望の強弱や倍浴び代金の支払能力など、適正な買受けの実現可能性が高いようなケースでなければ利害関係を否認されるおそれもあるようですので、十分な注意が必要です。
【従来の手続きとの比較】
 所有者不明土地管理人の選任申立てを選択する場合、管理人の報酬について検討する必要があります。所有者不明土地管理人は、管理する土地から生ずる賃料、土地を売却した際の売却代金などから裁判所が定める費用や報酬を受け取ることができ、その負担は土地の所有者に帰属するとされています(264条の7)。
 しかし、この事案のように時効取得を前提とする場合、管理人は土地の所有権と引換えに得ることができる売買代金等が何もありません。また、数平米の土地ですので、売却しても管理人の報酬額には到底満たないことが想定できます。

 したがってこのような場合には、管理人に支払う費用や報酬に相当する金額を、前もって申立人であるA社に負担させて裁判所に納めさせる運用が予測できます。そうするとA社としては、裁判により時効取得を主張する場合の費用と、所有者不明土地管理人の選任申立てをする場合の申立書作成に要する費用及び裁判所に納める費用の合算額を比較検討し、いずれかを選択することが求められます。

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