消費者契約法は万能か

一 ある相談事例から
Aには、Bという呉服や宝石を扱う会社の販売員をしている女性の友人がおり、お互いの家にもたびたび行き来する間柄にあった。
Bはあるとき「うちの会社で展示会をやる。いい商品が安く出ているからぜひ見にきてほしい」とAに申し出る。当時Aは、数社のサラ金から百万円近い借金を抱えるほどに生活に困窮していたため、「欲しいものはないから遠慮する」と答えるのだが、Bは「店での立場がある。見にくるだけでもいいからきてくれないか」としつこく懇願するため、友達の頼みを断り続けるのも悪いと思い渋々会場に行くことを承諾する。
Aが展示会に行くと、Bのほか数人の社員らしき人達に突然取り囲まれ、「こんなにお買い得なチャンスはもうない」「とても良く似合う」「ローンを組めば、毎月の返済額はわずかである」などと矢継ぎ早に勧誘され、購入しなければ帰らしてもらえないような状態にさせられたうえ、さらにBは「自分には内職のつてがある。もし買ってくれれば、ローンの返済分ぐらいの仕事は必ず紹介する。実際、今までも何人かに仕事を紹介し喜ばれている」との話を持ち掛けてきた。Aは二時間ほど抵抗したが、最後には取り囲まれた数人か
ら脅されるまま半ば強制的に、百万円分の商品をローンで購入させられてしまった。Bからは多少の仕事の紹介があったものの、得られた収入はわずかでとても返済金額に足りるようなものではなく、多額の負債を抱えたAは破産申立を余儀なくされてしまう。
二 増加の一途をたどる消費者
この事例はいわゆる展示会商法と呼ばれるもので、社会問題化する悪徳商法の一種である。消費者トラブルの相談窓口となっている全国の消費生活センターおよび国民生活センターに寄せられた平成九年度の相談件数のうち、苦情を訴える件数は四二万九八六六件で全相談件数の七六%にものぼり、また全国消費生活情報ネットワークシステム(PIO‐NET)に収集された相談件数も平成九年度には四〇万件に達しており、被害者数が増加の一途をたどっていることがよく分かる。
このような消費者をめぐる契約上のトラブル、ことに悪徳商法による被害の多くは、事業者と消費者の間におけるさまざまな能力の格差が原因にあげられる。事業者側の専門的知識や情報量は受け手である消費者と比較して圧倒的に優っており、まして近年では事業者から供給される商品・サービスの複雑多様化が著しいため、消費者にとって必要・有益な商品・サービスの見極めは大変困難になってきている。更に事業者はマニュアル化されたセールストークを巧みに駆使して契約交渉を行い、時にはこの相談例のように、圧倒的な力関係を武器に強引に契約させてしまうような悪質極まりないケースまで横行しており、被害に悩み苦しむ消費者は後を絶たない。
このような現状とは相反し、日本社会を取り巻く規制緩和の流れは著しく進展しており、消費者の自己責任が強く叫ばれている。しかし、事業者がその能力において圧倒的に消費者に優越する立場にあるという現状では、そもそも消費者は真に自由な意思形成がなされる環境には置かれておらず、このような強者対弱者の関係の中にまで自己責任の原則を貫くことなど到底容認されるべきではない。よってこのような不均衡を是正し、事業者・消費者が対等な立場で行動するための環境整備として、いわゆる「消費者契約法」の成立が待ち望まれているのである。
三 消費者契約法案の検討
1 法案の主な内容
国民生活審議会消費者政策部会は、一〇年一月・一一年一月の二度にわたり「消費者契約法(仮称)の制定に向けて」という報告書を発表している(前者が中間報告、後者が最終報告と呼ばれている)。その後早期の立法化実現を目的に設置された消費者契約法検討委員会のもと引き続いての検討がなされ、一一年一二月には「消費者契約法の具体的内容について」という報告書(検討委員会報告)が発表されている。ところが本報告は、先の二つの報告に比べ消費者保護の視点を著しく後退させる内容となっている。以下主な内容を中間・最終報告と比較しながら検討していく。
@ 適用範囲…「消費者が事業者と締結した契約を幅広く対象とする」とある。消費者と事業者の差異については、最終報告にて「事業性」をメルクマールとするものとされている。
A 当事者の努力規定・・・事業者には契約の範囲・契約による権利義務の明確化・契約に関する情報提供の三点について努力義務が課せられている。情報提供について中間・最終報告の段階では民事上の義務とし、事業者側に違反があれば消費者に取消権が認められていたが、今回の報告では単なる努力義務に大きく後退してしまった。
B 契約締結過程・・・重要事項につき不実告知があった場合を「誤認行為」とし、不退去または監禁行為があった場合を「困惑行為」とし、双方とも消費者に契約の取消権を認めている。しかし重要事項の範囲が「契約対象の内容・取引条件・解除権の有無」の三つに限定されている点、不実告知には「消費者に不利益な事実を告げない行為」も含まれるがこの場合事業者の故意が取消の要件となる点、困惑行為が不退去・監禁に限定されている点などやはり中間・最終報告からは大きな後退がみられる。
C 契約条項・・・中間・最終報告では「不当条項リスト」を作成し、リストに該当する契約条項を無効とする旨の規定があり、これを受けて検討委員会報告では八項目をリストとして掲げている。また九項目目には「正当理由なく消費者の正当な利益を著しく害する条項」が掲げられ、不当条項リストの一般条項化が定められている。
本法は報告によると「消費者トラブルの防止及び円滑な解決を図る透明な最低限の民事ルール」とある。はたしてこの「民事ルール」が悪徳事業者から消費者を救済するための有効な武器として機能するのであろうか。
2 立証責任を克服できるか
先の相談例について検討すると、まずAの契約が消費者契約に該当することは明らかである。Aが展示会会場にてB他数人の社員から受けた勧誘方法に不実告知があったか否かは明確ではないが、少なくとも生活に困窮していたAが支払いの当てもなくローンを組むはずはなく、Bから持ち掛けられた内職の話しを当てにして契約締結に至ったことに鑑みれば、Aには「取引条件」について誤認を理由に契約取消を主張できるものと思われる。
ところがAが訴訟の場で契約取消を求めた場合には立証責任の壁にぶつかることになる。報告によると「証明責任の分配については、原則どおり自己に有利な法律効果を発生させる法規の主要事実について証明責任を負う」とあるが、現行法においては権利を主張すべき者に立証責任があるため、Aが勝訴して契約を取り消すためにはBの不実告知という事実を立証しなければならない。しかしこの事実を直接証明できる証拠がない以上、複数の間接証明を積み重ねることにより裁判官にAの主張が真実であろうと思わせなければならず、非常に重たい立証活動を強いられる。
結局、消費者契約法に基づき訴訟の場で紛争解決を図ったとしても、本人訴訟における立証活動の遂行は困難を極め、消費者側に不利益な形での訴訟終結を招くであろうことは想像に難くない。「民事ルール」の実効性を確保するための法環境が整備されなければ、現実の被害者救済は甚だ困難であるといわざるを得ないのである。
次回は実効性の確保と司法書士の取り組み方について検討する。
→消費者契約法は万能かA

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