破産事例A 相続未了の不動産を所有

相続登記未了の不動産と同時廃止

1 事案の概要
申立人は49歳の女性、個人で司会業を営んでいる者であったが、大手の参入により平成12年ごろから受注量が歴然と落ち込むようになり、従業員の給料や運転資金のためにサラ金からの借入れを始めるようになる。自転車操業を繰り返すうちにいわゆる「買取屋」被害に逢い、支払不能の状態に陥るとともに、精神的にも極度に衰弱した様子であった。
破産申立前月、前々月の申立人の収入は10万円に満たない程の額であり、全額をサラ金の返済に充てたとしても約定返済額の半分程度にしかならない状態であったため、毎月の生活費一切は、73歳になる年金生活者の母(1月あたりの受給額はおよそ17万円)に頼りきっていたものである。なお、申立人の実父は10年以上前に他界しており、ただひとりの兄弟である双子の妹もすでに嫁いでいるため、ほかに家族はいない。
申立人は借地上の建物に住んでいたが、同建物の名義が亡父のままであり、未だ相続による名義変更がなされていない状態にあった。建物と借地権を合計した評価額は約600万円、申立人の法定相続分(1/4)に基づく資産価値は約150万円であった。

2 破産財団と未分割の相続財産
同時廃止事案か破産管財人選任事案かは、予納金の用意という点で注目せざるを得ない。実務においてはしばしば、相当程度に財産のある者の申立にあたり、同時廃止事案か管財人選任事案かで頭を悩まされるものである。
本件は、金銭的評価にして約600万円の未だ相続による名義変更を終えていない不動産が存在し、これが破産財団の構成物件であるか否かが問題となる事案であるが、死亡した者が所有していた積極財産は、相続の開始に伴って推定相続人の法定相続分に応じた共有状態となり、その後の遺産分割協議によって確定的に権利が移転するのであるから、本件の不動産も、法定相続分に相当する部分が破産財団の構成物件となり得よう。当然、破産管財人による換価・配当が原則となるのであるが、50万円の予納金を手配することは困難であることから、実体をきちんと見極め、法的な理論構成をもって同時廃止決定を得られる案件については、その旨の上申をしていく必要があろう。
@ 特別受益
未婚である申立人が亡き父の相続に関し特別受益者となるためには、父の生前に生計の資本としての贈与を受けていることが必要である。生計の資本としての贈与には、具体例として@高等教育の費用、A生命保険金請求権、B死亡退職金の遺族給付などが考えられるが、申立人にAやBに該当する事実はない。
高等教育費の贈与を受けているか否かについては、被相続人の資産収入や社会的地位から考慮し、その程度の教育をするのが普通であると考えられる場合の教育費は親の扶養義務の範囲内にあるものとし、特別受益に該当しないとするのが判例・学説の考え方である。姉妹ともに公立高校を卒業しているとの事情を考慮すれば、申立人が教育費として特別の受益を受けているとは考えにくい
A 遺産分割
相続による名義変更がなされていないことについては、申立人のみならず同居の実母もまた登記簿謄本を取寄せてはじめて知ったことであった。電話での事情聴取の際も、申立人は「自宅の名義人は母」と答えており、登記簿謄本を見てひどく驚いた様子であった。どことなく違和感を覚えた私が亡き父の死亡当時の状況について詳しく聴取すると、以下の事実が分かってきた。すなわち、亡父の生前は不動産関係に関して父が一切を管理している状態にあり、申立人や妹はもとより母に至るまで、3名の相続人誰もが不動産取引や登記の知識をまったくと言っていいほど持ち合わせておらず、父の死亡に伴う登記簿の名義変更が必要であることなどまったく知らない状態であった。
死亡後間もなく、市役所の納税担当者から「固定資産税の納税義務者を変更する必要がある」旨、及び「誰を納税義務者にするかを相続人全員で決めて欲しい」旨の指導を受けた母は、当時33歳になっていた申立人・妹の合意の下で自身を納税義務者とする旨の通知を市役所に対し行なったものであるが、3名ともこれで不動産に関する手続きはすべて完了し母の名義になったものと思い込んでおり、別に法務局に名義変更の登記申請をする必要があることなど思いもかけず、そのまま15年の月日が経過し、破産申立に至ることになったものである。
よって本件では、遺産分割協議は既に昭和61年当時終了しており、偶々、登記申請がなされていなかっただけであるとの状況であり、本件建物及び借地権は申立人の破産財団を構成しないものであるとの判断をし、その旨の上申書を添付の上で同時廃止事件として申立てに及ぶこととなった。

3 破産申立直前の分割協議等
本件では、亡父の共同相続人全員による分割協議がなされたことが、固定資産評価証明書上の「納税義務者」欄から判明し、また3名全員がすでに母の名義に変更されているものと誤信していたとの事情があり、さらに分割協議のなされた時期は10年以上前でかつ3名全員が成年者となっていることが明らかであるとの状況であったため、裁判所からも、登記手続がなされていないだけであるとの評価を受け、同時廃止決定を得ることができたものである。
では、このような事情も存在しない場合にどうするか。面談後直ちに遺産分割を行い名義を変えてしまう方法や、相続放棄の申述をする方法なども考えられよう(申述できる法定期間に注意を要する)。この点、遺産分割協議は一般に詐害行為取消の対象となる行為であると考えられているし(奈良地判昭和27年11月8日下級裁判所民事裁判例集3巻11号1582頁・神戸地判昭和53年2月10日判時900号95頁)、少なくとも破産申立前6ヶ月内の申立人による遺産分割はいわゆる「無償行為」と考えられることから、申立人に債権者を害する意図がない場合であっても否認の対象となり得る(破第72条5号)。このため、破産管財人が選任され否認権が行使されることは十分に予測できるものであり、安易な選択をしてはならないと考える。一方、身分行為である相続放棄については、たとえこれが債権者の利益を害する場合であっても否認の対象とはならないとする説が有力であり(安藤一郎「現代破産法入門」(三省堂)85頁)、判例も民法524条との関係で「詐害行為取消の対象とならない」と判示している(最判昭和49年9月20日民集28巻6号1202頁)ことから選択肢のひとつとなり得よう。しかし、裁判所所定の財産目録(静岡地裁浜松支部)には「破産申立前2年間の相続放棄の有無」を調査する欄が設けられていることから、あきらかに財産逃れと見受けられるような相続放棄については慎重な姿勢をとるべきであろうと考える。


不動産の名義人に関する上申書

貴庁平成14年(フ)第   号破産宣告申立事件について、申立人は下記のとおり上申します。

申立人は住所地において、借地上の建物に年老いた母と2人で生活しておりますが、別添の登記簿謄本記載のとおり、建物の名義人は亡父**(昭和61年4月20日死亡)のままになっており、未だ相続による名義変更がなされていない状態にあります。
亡父の相続権を有しているのは、申立人のほか、母***・妹**の3名でありますが、亡父**の生前は不動産関係に関して亡父が一切を管理している状態にありましたので、何分3名とも不動産取引や登記の知識が極めて乏しく、名義変更の旨の登記申請が必要であることはまったく知らない状態でありました。
亡父の死亡後間もなく、市役所から「固定資産税の納税義務者を変更する必要がある」旨、及び「誰を納税義務者にするかを相続人全員で決めて欲しい」旨の指導を受けた母は、申立人・妹の合意の下で自身を納税義務者とする旨の通知を市役所に対し行ないましたが、3名ともこれで家の名義に関する手続きはすべて完了し母の名義になったものと思い込んでおり、別に法務局に名義変更の申請をする必要があることなど思いもかけず、そのまま現在に至ってしまったものであります。
今般、本件破産申立にあたり必要書類を取寄せたところ、建物の名義が未だに亡父のままになっていることを初めて知った次第でありますが、既に納税義務者の変更に際し母の名義とする合意が成立しており、申立人並びに妹には、自身固有の財産であるとの意思はまったくありません。
以上のとおり、遺産分割協議は既に昭和61年当時終了しており、偶々、登記申請がなされていなかっただけであるとの状況でありますので、本件建物及び借地権は申立人の破産財団を構成しないものであることを上申いたします。
以上

平成14年1月11日
静岡県浜松市***町1番地
申立人  * * * *
静岡地方裁判所浜松支部 御中


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