貸金業法改正運動A 金利自由化の危険性 


「金利自由化の危険性」

平成19年1月に予定される出資法上限金利の見直しに向け、規制の緩和・撤廃を目指す業界団体と、一層の金利引き下げを訴える多重債務者支援組織との間では、熾烈な運動が繰り広げられている。
金利自由化論を唱える業界団体は、金利規制を撤廃することで消費者信用市場における業者間の競争が喚起され、結果として信用リスクの低い資金需要者には貸し出し金利(=価格)の低下という恩恵がもたらされるし、信用リスクが高く、現行の市場では融資の対象から外されていた資金需要者にも、高金利での貸し出しが可能となり、より多くの需要に応えられる市場が構築されると説く。この論の代表としては、「早稲田大学消費者金融サービス研究所」の取り纏めた論文が有名である(坂野友昭ほか「消費者信用市場における上限金利規制の影響」http://www.waseda.ac.jp/projects/ircfs/pdf/ircfs02‐005.pdf)。
そこで本稿では、金利自由化論を唱える業界団体の主張に対し、ふたつの視点から業界団体の矛盾を指摘し、上限金利引き下げを実現するための理論武装を試みることとする。
1 あるべき消費者信用市場
金利自由化論に対する矛盾のひとつとして、「市場がすべての需要に応えなければならないのか」という疑問が挙げられる。金融広報中央委員会が毎年行っている「家計の金融資産に関する世論調査」によると、2人以上の世帯で「貯蓄を保有していない」と回答した世帯の割合は、前年より0.7ポイント高い22.8%で、1963年の調査開始から過去最高であった。これが単身世帯では、実に41.1%にも達する。「貯蓄を保有しない」とは、裏を返せば貯蓄に回す余裕資金が捻出できないことを意味しており、この層の多くは、消費者信用市場における資金需要者と重なることが容易に予測できる。すなわち、一度借入れをおこせばたちどころに返済資金に窮し、自転車操業状態に陥るのも時間の問題となるわけだ。
このような、“不健全な需要”に対してまで、市場の一翼を担う貸金業者が資金を提供すべきなのだろうか。健全な社会の構築に寄与することは、企業の重要な社会的使命であることは論を待たない。であるならば、貸金業者は、顧客である債務者の経済生活の破綻を可及的に防止する責務を負っているのであり、貸倒れを前提とした経営方針は改められなければならない。市場を管理する立場にある政府もまた、経済的破綻者を生み出さない環境整備に取り組むべきである。であるならば、近い将来における破綻可能性が極めて高い「借りた途端に返済資金に窮する」資金需要者は、むしろ積極的に市場から排除されるべきであり、そのための仕組みが構築されなければならない。
ここで求められるのが、上限金利規制である。一定の上限金利が課せられることで、ハイリスク者に対する資金提供が躊躇されることとなり、結果として不健全な資金需要者は市場から排除されることとなる。ところで、現行の上限金利が29.2%に引き下げられたのは平成12年6月1日のことだが、以後現在に至るまで、いわゆる多重債務者が一向に減少していないのは、被害者救済の現場に身を置く我々の率直な感想であろう。この厳然たる事実は、年29.2%という金利規制が、ハイリスク者を市場から排除する効果を有していないことを意味しているのであり、なお一層の上限金利引き下げが求められるのである。
なお、市場から排除されたハイリスク者の生活保障という問題が浮上するが、この点は憲法25条から導かれる社会福祉の問題として論じられるべきであり、市場を論じることで解決される問題ではない。
2 未成熟な消費者信用市場
金利自由化論に対するもうひとつの矛盾として、消費者信用市場の未成熟性が考慮されていない点が挙げられる。一般にB(事業者)to C(消費者)の市場ではCに比してBの持つ情報の質及び量並びに交渉力等が圧倒的に勝っている。その能力格差に起因する不測の損害からCを保護するために、Bによる情報提供義務や説明義務が強く求められる。昨今叫ばれている「適合性の原則」という考え方も同様の要請から導かれる。
そこで消費者信用市場においても、B(貸金業者)からC(債務者)に対し、必要かつ十分な情報提供や説明が行われているのかを検証する必要がある。以下では「平成16年版貸金業白書」「平成15年版消費者金融白書」に掲げられた様々なデータを検証することで、消費者信用市場がいかに未成熟であり、いかに市場ルール機能しないのかを明らかにしていく。
まず注目すべきは、資金需要者に対する「貸金業者を選択する理由」のアンケート結果であるが、上位は「無担保・無保証で融資を受けられる」「審査スピードが早い」「困ったときに借り入れができた」「自分の都合に合わせた返済ができる」等、利便性に注目が集まっており、「低金利」を選択理由に挙げる資金需要者は少ない。
物を購入しサービスの提供を受けるにあたって、「より安く」を常に最大の関心ごとのひとつとして考慮しているはずの資金需要者は(困窮を強いられている多重債務者であればなおさらのこと)、なぜ、最大の関心事のひとつであるはずの価格、すなわち「金利」で、借入先を選択しないのだろうか?
その答えは、貸金業者の営業戦略を分析することで浮き彫りにされる。貸金業者に対する「新規顧客獲得のための施策」に関するアンケート結果は、上位に「接客対応の向上」「販促方法の見直し」「販促内容の見直し」等、利便性の向上が続く。この結果は、先の資金需要者に対するアンケート結果と見事にオーバーラップする。すなわち債務者は、利便性に偏重する貸金業者の営業姿勢にまんまと乗せられているのだ。借入先を選択しようにも、どの会社から提供される情報も利便性に集中し、金利については僅かばかりの情報が与えられるにすぎない。貸金業者が、低金利を謳った顧客獲得に消極的な理由は、それによる薄利化への懸念にほかならない。利益追求を優先する貸金業者の営業戦略のもと、債務者は契約締結の重要な要素である金利について充分な情報を知らされず、また知る機会を奪われ、契約させられているのである。
ところで、さらに興味深いデータがあるので紹介したい。借金を完済し終えた債務者に対する「その会社を再利用するか?」とのアンケートがある。完済し終えたということは、契約条項が円満に履行されたことを意味する。どんな契約であっても、契約を締結しこれを誠実に履行し終える過程の中で、契約両当事者間に相互の信頼関係が築かれていくことが自然であり、その信頼関係が、将来の再利用への重要な要素となる。しかし、貸金業者と債務者との間には、このような信頼関係は必ずしも構築されない。
アンケート結果では、何と26.6%もの人が積極的に「いいえ」と回答しているのである。完済者の実に4人に1人が再利用を希望しないという状況は、他の契約関係ではおよそ考えられない。
さらに注目すべきは、再利用を希望しない者の内の80.3%が、希望しない理由として「金利が高い」と回答している事実である。この数字が意味することは、貸金業者の高金利が「借りてみて初めて分かる」システムになっているという事実である。すなわち債務者は、金利での競争による収益悪化を避けるため、利便性の強調とテレビCMによるイメージ・認知度の向上に躍起になる貸金業者によって、高金利であることを理解せずに借りさせられる。一旦借りさせられた債務者は、何年間にもわたり、金利低下の恩恵をほとんど享受しないまま返済を続けさせられる(新規顧客への平均貸出金利と既存顧客へのそれでは、最大手こそ2.5%程の差があるが、それ以外はどれも1%程度にすぎないというデータも報告されている)。返済に苦しむ借金地獄の中で、初めて高金利であることを知らしめられる実態は、「騙まし討ち」と表現しても過言ではない。
このように、消費者信用市場では、自由競争原理が正当に機能するために不可欠な貸金業者による情報提供が極めて不十分であり、むしろ債務者にとって有益な情報が、貸金業者によって隠蔽されている状況にもある。このような未成熟な市場で規制の緩和・撤廃が行われた場合、能力格差は一段と拡大し、多重債務問題はさらに深刻化することが避けられない。貸金業者の営業姿勢が変わらない以上、消費者信用市場で市場原理は機能しないのであり、一層の規制強化が求められるのである。

(参考文献)
日本司法書士会連合会「上限金利撤廃の弊害と引下げの必要性」(月報司法書士2004年5月号)
拙稿「データが語る借金地獄の実態」(消費者法ニュース2005年7月号)

 

 

 


原稿一覧

司法書士法人浜松総合事務所

〒431−3125
静岡県浜松市東区半田山5丁目39番24号
TEL 053−432−4525
マップ