事件簿より 〜 犯罪被害者の葛藤

 事件簿より 〜 犯罪被害者の葛藤

対前年比売上150万円減。
持参した資料を一目見るだけで、彼が経営に苦しむ様子はすぐに理解できた・・・
学習塾を経営する彼が中傷ビラを事務所周辺にばら撒かれたのは、夏期講習の「書き入れ時」を目前に控えた7月のこと。
その影響はすぐに現れ、生徒数も売上も目に見えて減少し始めたのだ。
個人経営の学習塾。立ち上げから5年目を迎えて徐々に地域住民からの信頼も得られるようになり、毎年少しずつではあるものの売上も伸びていた矢先のできごとだった。
彼の脳裏には、ひとりの男の顔が浮かんでいた。この年の春先、彼はあるバイト講師(仮に「A」としておく)の勤務姿勢を叱責したことがあった。
Aは「こんな会社辞めてやる。覚えてろよ!」と捨て台詞を吐いてそのまま退社し、以後、彼の前には顔を見せていなかったのだ・・・
彼は、ばら撒かれた中傷ビラをかき集め、警察に被害届を提出した。しかし、捜査の進展を感じさせる報告は一向に届かなかった。
そればかりか、秋口になると生徒数の減少に拍車がかかるようになる。
塾を去る子は、おしなべて口を閉ざしその理由を語ろうとしなかったが、彼がやっとの思いで聞き出した情報によると、「2ちゃんねる」への書き込み情報が退塾の理由だとか。
これもまた、Aの仕業のようだ。
彼の下に警察からの朗報が届いた時にはもう、桜のつぼみがほころび始めていた。容疑者は案の定、あのバイト講師、Aだった。
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「犯罪被害者支援事業」と総称される分野だが、その対象は幅広い。
加害者を罰するための刑事事件、被害者の被った損害を賠償するための民事事件などの法律問題はもちろんのこと、犯罪被害を受けた方に対する精神面をサポートするためのカウンセリングや犯罪被害者同士の自助活動、裁判傍聴への付添い支援なども含まれる。
被害者支援団体としては、NPO法人である静岡県犯罪被害者支援センターが著名であり、法律相談のほかにも各種の精神的・経済的な支援を実施している。
このほか、法律面の支援機関としては、法テラス、県弁護士会などがあげられる。
県司法書士会でも、専門の委員会を設けて対応しているが、司法書士は刑事手続き関し「検察庁に提出する書類の作成」(告訴状や告発状の作成など)が業務とされているにすぎないため、民事手続きによる損害賠償請求が中心的な支援方法となる。
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さて、彼の話。
「もちろん罰は受けてほしい。でも、私にきれいごとを言う余裕はないんです!!」
示談を求めて来所した彼は、思い詰めた表情でこう切り出した。
経営を悪化させた張本人を憎む気持ち、少しでも多く賠償金を支払わせたい気持ち、面と向かって謝罪を求めたい気持ちなどが混沌と渦巻く“犯罪被害”という非日常に対し、彼なりに向き合ったうえでの結論だった。
しかし、その請求も簡単ではない。前年比で減少した150万円は、果たしてその全額がAの犯罪に起因するのか? 犯罪被害に巻き込まれたことへの慰謝料は請求できるのか? 示談に応じない場合に裁判で勝てるのか? などの検討点も提示し、彼がたどり着いた結論は「手取りで100万円」。
数日後、刑事弁護を担当する弁護士から連絡が入った。その後の数度の書面によるやり取りの末、彼が受け入れた示談金は85万円だった。
彼からは、感謝の言葉をもらった。その言葉自体は、彼の真意であるに違いない。
しかし、彼が失った生徒と信用は、すぐには戻らない。被害届を取り下げた結果、Aも何の社会的制裁も受けないことになるだろう。
彼は今、割り切れない思いを感じつつ、それでもこの結果を受け入れ、新たな信頼を勝ち取るために歩み始めている・・・        

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