不動産を所有する方の破産申立て〜破産申立前に売却してもいいの?

 最近では、破産物件(破産者が所有していた不動産)の取引も珍しくなくなりました。一口に「破産物件」と言っても、破産管財人が選任されているケース、破産者自身に不動産の管理処分権が残っているケース、破産申し立て前に不動産を売却するケース等、事案に応じて契約当事者も異なりますし、契約・決済・登記の過程でそれぞれに注意すべき点があります。
そこで今回は、破産物件の売却について整理してみたいと思います。

1 破産の種類
(1)破産管財人選任型(異時廃止型)
裁判所から「破産手続開始決定」(以前は「破産宣告」と呼ばれていましたが、平成16年の破産法改正によって呼び方がこのように変わっています)がなされた場合、破産者名義の財産の管理処分権は、原則として裁判所が選任する「破産管財人」(通常は弁護士)に移転します(破産管財人に管理処分権が移転した財産の集合体は、観念的に「破産財団」と呼ばれます)。これにより、破産者は自身名義の不動産であっても、これを自由に売却したり賃貸したりすることができなくなるわけです。破産管財人は、不動産を含めた破産者名義の財産をできるだけ高く換価し、破産債権者(破産者に対し債権を有する者)に対しできるだけ多く配当することをその職務としているのです。法人(一部例外あり,後述)や、法人代表者、個人事業主、その他何らかの財産を有しながら破産申し立てに至った個人のケースでは、破産管財人が選任されることになります。
破産管財人による換価・配当を経て、破産手続が終了することを「破産廃止」と呼びます。破産管財人選任型の破産は、破産手続開始決定と破産廃止までの間に一定の期間が存在する(開始決定と廃止との時が異なる)という意味で、「異時廃止型」と呼ばれることもあります。
なお、破産管財人が選任される場合、申立人が破産管財人への報酬を予納しなければならないこととなっています。この金額は裁判所ごとに定められていますが、通常は、債務総額が増えるごとに予納金も多額となります。ちなみに静岡地裁の場合、負債総額5000万円未満で予納金70万円、1億円未満で100万円、5億円未満で200万円、10億円未満で300万円、10億円以上で400万円と定められています。この金額は申立人ごとに納める必要がありますので、法人とその代表者、連帯保証人である家族数名を同時に申し立てるなどというケースでは、予納金の準備だけでも大変な負担になるということが想像できるものと思われます。

(2)同時廃止型
一方、個人破産の場合、破産者自身に目ぼしい財産のないケースがほとんどであり、破産管財人を選任したとしても、換価・配当の対象となる財産が存在しません。あるいは、住宅を所有する個人による破産申し立ての場合も、未だ住宅ローンの支払いが残っており、住宅にはこれを担保する抵当権が登記されているケースがほとんどです。一般に、破産申し立て時における住宅の時価は、購入当時から大きく下落しているのが通常であり、多くのケースでは、住宅ローン残高が時価相当額を上回っている状況が見られます。このような場合、住宅ローン債権者が有する抵当権の効力は、破産手続においても登記した不動産に対する優先弁済権が維持されますので(「別除権」と呼ばれます)、破産管財人による住宅の換価がなされたとしても、その全額が住宅ローン債権者への返済に充てられ、一般債権者(別除権等の優先弁済権がない債権者)への配当には1円も回らないことが珍しくありません。
このようなケースでは、申立人に高額な予納金を準備させてまで破産管財人を選任する必要性に乏しいわけです。このように裁判所では、換価・配当すべき財産がほとんどない場合、破産管財人による換価・配当という過程を省略し、破産手続開始決定と同時に破産手続を終了させてしまう「破産廃止決定」を出します(開始決定と同時に破産廃止決定がなされるため、「同時廃止型」とも呼ばれます)。同時廃止型では、破産管財人が選任されないことから、破産者の所有する財産は、破産手続開始決定後も破産者が自由に管理し処分することができるわけです。もっとも、金銭的価値は僅かなわけで、このような方法が採られたとしても債権者の利益が著しく害される危険性は極めて低いと言えます。
なお、先の住宅ローンの事案ですが、静岡地裁浜松支部においては、住宅ローンの残高が時価相当額の概ね1.5倍を上回っている場合(いわゆる「オーバーローン」)、破産管財人が選任されず、同時廃止型により受理されます。
同時廃止が認められる場合、予納金は官報公告費用として2万円程度で足りるため、申立人の経済的負担が著しく軽減されることになります。同時廃止型のほとんどは個人破産ですが、法人破産の場合でも、@営業停止状態が少なくとも半年以上にわたっていること、A換価すべき財産がないこと、という条件が充たされる場合には、極めて例外的運用として、同時廃止型で受理する裁判所も存在します。

2 不動産の売却@ 〜 破産管財人が選任されている場合
(1)売却までの流れ
先述のとおり、破産者の所有する不動産は破産財団に帰属することになり、破産管財人は、これをできるだけ高く換価しなければなりません。通常は、破産管財人から不動産業者へ売り物件として情報提供がなされ、市場を通じて購入希望者を募集することとなります。この際の売却価格ですが、実は破産管財人が自由に決めることができません。破産管財人が破産財団に属する不動産を売却する場合には、事前に裁判所の許可を得なければならないこととされているからです。破産管財人は、不動産業者による査定書や不動産鑑定士による鑑定書に基づく評価書、売買契約書の案、売買代金が評価額を下回る場合はその合理的理由、売却代金の振り分け方法(別除権者への返済額、不動産業者への仲介料、司法書士への担保権抹消登記費用等を売却代金から控除した結果、金何円が破産財団に組み入れられる)等を書面にまとめ、裁判所に売却許可申請をします。この許可が下りるには、最低でも1週間程度の期間を要しますので、決済の段取りをする際には、時間的な余裕をみておく必要があるでしょう。
(2)契約・登記実務への影響
さて、この場合の売買契約ですが、管理処分権が破産管財人に移転しているのですから、破産者自身には当該不動産を売却する権限がありません。したがって、契約書への署名は破産管財人が「破産者**** 右、破産管財人****」として行うことになります。
登記実務も同様で、破産管財人=売主となりますから、売渡証書や委任状への署名も破産管財人から頂くことになるのです。なお、登記実務への影響としては、破産管財人の印鑑証明書(市区町村長が発行する個人の実印を証明するもの、あるいは裁判所書記官が発行する弁護士の職印を証明するもののいずれでも可)、裁判所書記官が発行する破産管財人の資格証明書、裁判所の売却許可決定書の正本(原本還付による後日の返却が可能)が特別な添付情報(書類)として登記申請の際に必要となります。なお、破産者名義の登記済証(権利書)は、登記申請に必要ありません。
(3)法人の場合は注意を!
平成16年の破産法改正以前は、不動産の所有者が破産宣告を受けた場合で破産管財人が選任された場合は、破産者が個人であっても法人であっても、所有するすべての不動産の不動産登記情報(登記簿)に「破産の登記」が裁判所書記官から嘱託されました(同時廃止の場合は、破産の登記は嘱託されない点に注意,後述)。このため不動産の登記事項証明書(謄本)を見れば、当該不動産の所有者が破産宣告を受け、かつ破産管財人が選任されているということがひと目で判明したのです。
ところが、法改正により、破産者が法人の場合には、たとえ破産管財人が選任された場合であっても、不動産登記情報に「破産の登記」は嘱託されないことになりました。これは法人破産の場合、法改正以前から「破産の登記」が商業登記情報に嘱託されていたため、法人が破産者か否かは商業登記情報によって判明するのであって、わざわざ不動産登記情報にまで重複して嘱託する必要がないとの理由によるものです。
不動産の登記事項証明書(謄本)を取り寄せ、所有者が法人となっている場合には、あわせて当該法人の商業登記事項証明書(謄本)も取り寄せ、当該法人が破産者でないことを調査しておかないと、処分権限のない法人自身を当事者とする売買契約を締結してしまうという失敗に繋がりかねませんので、十分な注意が必要となります。
なお、破産者が個人の場合には、現在も従前どおり「破産の登記」が不動産登記情報に嘱託されます。

3 不動産の売却A 〜 同時廃止の場合
(1)売却までの流れ
前節で説明した「破産の登記」が嘱託される理由は、当該不動産の管理処分権が既に破産管財人に移転していることを第三者に公示し、取引の安全を図るという趣旨にあります。よって、破産管財人が選任されない同時廃止型の破産では、管理処分権が破産者自身に留まっていますので、このような登記を嘱託する必要がありません。同時廃止の場合に「破産の登記」が嘱託されないのは、このような事情によるのです。
この場合の売却は、通常の売買契約締結と同じです。私も何度か、破産申し立てを依頼された者が所有する不動産につき、その売却を不動産業者さんに依頼したことがあります。購入希望者が決まれば、通常どおり契約・決済を済ませればよく、事前に裁判所の許可を得ることも事後的に裁判所へ報告することも必要ありません。但し、破産者が不動産を所有していながら同時廃止決定が出るということは、当該不動産がオーバーローンの状態にあるということですから、全額の返済が受けられない抵当権者から、当該抵当権を放棄する旨の合意を取り付ける必要が生じます。この交渉にはご苦労を伴うことでしょう。
なお、購入者が見つからなかったり、売却代金について抵当権者の合意が得られなかったりする場合、任意売却は不奏功となります。こうなると、あとは抵当権者による競売申し立てを待つしかないわけです。
(2)契約・登記実務への影響
この場合、売買契約書や登記申請書類への署名も、破産者自身が行います。このあたりも、通常の契約・決済と同様であり、破産者の登記済証(権利書)や印鑑証明書のほかには、登記申請に際しての特別な添付情報(書類)も必要となりません。

3 不動産の売却B 〜 破産申し立て前に売却する場合
特殊なケースとして、破産申し立てを予定している債務者が、オーバーローンの状態ではない不動産を所有しているケースで、破産申し立てに先行して不動産が売却されることがしばしばありますが、この場合には、十分な注意を払う必要があります。
破産申し立てに先行して不動産を売却する最大の理由は、予納金の回避にあります。破産者が、オーバーローンでない不動産を所有する場合、当該不動産は換価価値がありますので、破産申し立てにあたっては、破産管財人を選任するために一定の予納金を納める必要が生じます。しかし、先述したとおり、申立人にとって高額な予納金の準備は大きな経済的負担を伴うのが通常です。そこで、先行してこれを売却し、不動産を簡易に配当できる金銭に替えておくのです。無論、金銭という財産があるのですから、理論的にはこれを配当するために破産管財人を選任されることもあり得ます。しかし、金銭の配当自体は、それが各債権者の有する債権額に按分して行われる以上、債権者の平等性を阻害する危険性が極めて低いため、裁判所は、破産管財人を選任せず、売却代金全額を配当することを条件に同時廃止決定を出す運用を採っています。
これにより、高額な予納金の準備が回避されるわけですが、注意を払う必要があるのは、このような事前の売却が「財産隠し」に該当しないことを客観的に証明できるようにしておかなければならない点です。すなわち、破産管財人が選任され、裁判所の許可の下で当該不動産が売却された場合に財団に組み入れられるべき金銭の額と、事前の売却によって配当原資となる金銭の額とが、同等程度であることが求められ、なおかつ同等程度であることを書面により証明しなければならないのです。
具体的には、まず当該不動産の評価書を作成します。不動産鑑定士による鑑定書が最も有効ですが、経費もかかりますので、不動産業者さんの作成する査定書でいいでしょう(但し、近隣物件の売買実績等を附属資料として合綴しておくことが望ましいです)。実際の売却代金は評価額に相当する金額とし、これを下回る場合にはその合理的理由を付した仲介業者作成の理由書を用意しておきます。税務上の運用と異なり、購入者が親族等であっても売却代金を減額する合理的理由に当たりませんので、注意が必要です。もし、合理的理由なく評価額を下回った場合には、配当に当たってその差額分を現金で用意するよう裁判所から指示される可能性が高いと言えます。印紙代、仲介手数料、抹消登記費用、測量費等の経費は、破産管財人が選任された場合にも発生するものですから、売却代金からの控除が認められます。抵当権者への返済も、優先弁済権の対象となりますから同様に控除できます。一方、当該不動産に関する滞納中の固定資産税や都市計画税については、その納期によって優先弁済権の対象となるか否かが異なりますので、個々の事案で破産申し立てを担当する弁護士や司法書士と打ち合わせをして下さい。なお、これらの領収書は必ず保管しておきます。ケースによっては、売却物件が住宅の場合の引越費用(実費)や、後日に納めるべき譲渡所得税相当額の控除が認められる場合もありますが、無条件に認められるわけではありませんので、この辺りも十分な打ち合わせが必要です。
このようにして残った売却代金は、その全額を配当原資とする必要がありますので、1円単位まで確実に保管しておかなければなりません。債務者は通常、多額の借金の返済に日々追われているわけですから、予期せぬ現金を手に入れたことで不用意にこれを費消してしまわないとも限りません。よって残金は、弁護士や司法書士あるいは信頼できる親族等に預けておくことが賢明です。
以上の方法により、客観的にも妥当な金額が配当されれば、無事に同時廃止決定を得ることができます。逆に私たちが困るのは、多額の無担保債務(サラ金からの借入れ等)があり、不動産を処分してもその一部しか返済できないことが明らかであるにもかかわらず、無計画に不動産を売却して当座を凌ぎ、その後に破産申し立てに至るというケースです。この場合、売却代金が相当であったか、相当であったとして売却代金の使途が証明できるか、証明できたとしても一部の債権者だけに優先的に支払いをしていないか(債権者の平等性を阻害していないか)等、破産申し立てに当たっては数々の問題をクリアする必要が生じるのです。少なくとも、破産申し立て前2年程度の不動産処分は申し立てに際しての調査事項となりますので、これらに抵触する場合には、時価相当額と実際の売却額との差額、使途不明であったり一部債権者に優先的に支払われたりした金銭に相当する額等を現金で用意し、改めてこれを配当しなければ破産手続開始決定が得られなかったり、場合によっては免責(法的に借金の支払い義務が免除されること)許可が得られなかったりすることもあります。
「借金の整理のために土地を売りたい」との希望を受けた場合、これらの点に十分配慮し、慎重に対応する必要があるのです。

*本稿は、宅建協会浜松支部機関紙に寄稿した原稿の転載です。

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