相続人の一人が行方不明の事案

相続人の一人が行方不明の事案
【事案の概要】 
15年前に他界した亡父(A)名義の土地建物について、相続登記の依頼を受けました。
配偶者はすでに20年前に他界しており、相談者(B)を含めた兄弟は3名。3名全員が相談者名義とすることに同意しているとのことでした。
ところが、相続人確定のため戸籍調査をしたところ、生まれて間もなく養子に出された婚外子(C)の存在が判明。Bは親戚中から事情聴取をしたようですが、誰一人としてその存在を知る者はありませんでした。

【実際に選択した解決策】
B名義に相続登記をするためには、Aの相続人全員による遺産分割協議が必要です。協議の結果は書面化し、これに実印を押印して印鑑証明書を添付しなければなりません。行方不明者であるCを除外した遺産分割協議は無効となります。
そこでこの事案では、家庭裁判所に対し、Cのための「不在者財産管理人」の選任申立てをしました。財産管理人には法人としての当事務所が選任されましたので、当事務所がCに代わり、Bほか3名の兄弟との間で遺産分割協議をすることにより、無事に相続登記が完了しています。
【改正法の利用 〜 所在等不明共有者の持分取得 】
改正法では、不動産の共有者にこの事案のような行方不明者がいる場合には、共有状態を解消したいと考える共有者に対して行方不明者の共有者の共有持分を取得させることを内容とする、新たな裁判手続きが新設されました(所在等不明共有者の持分取得。262条の2)。
この事案のように、相続が開始した日(Aの死亡の日)から遺産分割協議が完了するまでの間は、Aの遺産である土地建物は相続人全員(Bほか3名の兄弟+C)が共有しています。この状態を、相続による共有ではない通常の共有と区別するため「遺産共有」とよび、相続開始から10年が経過した遺産共有についても、改正法262条の2が適用されます。
そこで、Bを申立人とし、「Cの共有持分をBに取得させることを求める」という裁判が認められれば、Cは共有関係から離脱しますので、その後にBほか3名の兄弟で「Bが相続する」という内容の遺産分割協議を調えることにより相続登記が完了できそうです。
【手続きの概要と注意点】
(1)不動産
所在等不明共有者の持分取得の裁判は、不動産の共有状態を解消するために新設された制度ですので、不動産以外(動産、株式など)の共有者がこの制度を利用して共有状態を解消することはできません。もっとも「不動産の使用又は収益をする権利」については不動産に準じて取り扱われますので、土地や建物に対する借地権や地上権などの共有状態を解消する際には利用可能です。
(2)遺産共有
相続が開始したことにより遺産共有の状態となった不動産は、相続開始の日から10年が経過した以降でないとこの裁判は利用できません。10年が経過する日までは、遺産分割協議の成立を模索するしかありません。
(3)所在不明
条文上は「他の共有者を知ることができず、又はその所在を知ることができない」ときにこの裁判が利用できると定められています。実際には、住民票や戸籍、登記記録などの公文書の調査、取寄せはもちろんのこと、現地調査や近隣住民への事情聴取をした結果を報告書にまとめて裁判所に提出することになるでしょう。
(4)公告・通知
申立てを受理した裁判所は、共有持分を失うことになる所在不明の共有者からの異議申出の機会を確保するため、3ヶ月以上の期間を定めた公告をします。所在不明の共有者が公告の内容を見て異議を申し出るということは通常は考えられません。
一方、公告の内容は、持分取得の申立てをした共有者以外の共有者に対して裁判所から個別に通知されますので、他の共有者から「自分も取得したい!」と新たな申立てがなされることも想定できます。ちなみに、複数の共有者から持分取得の申立てがなされた場合、取得する共有持分は、取得を希望する各共有者の持分割合に按分されることになります。
(5)供託
この制度は、所在不明の共有者の共有持分を、同人の関与がない状態で別の共有者に取得させる手続きですので、これによって共有持分を失うことになる所在不明の共有者の利益を確保しなければなりません。そこで裁判所は、持分取得を希望する共有者に対し、取得する共有持分の申立時における時価相当額の供託を命じます。時価算定の資料とするため、申立時には不動産業者による査定書などの準備が求められることになりそうです。
所在不明の共有者に対して支払う代わりに、国に対し時価相当額を支払い、これを条件に所在不明の共有者の共有持分を買い取るようなイメージですね。
(6)持分移転登記
期間内に異議の申し出がなく、供託の手続きも完了すると、裁判所は持分取得決定の裁判をしますので、この決定書に基づいて持分移転登記の申請ができ、これによって所在不明の共有者を共有関係から離脱させることができます。
実務的に注意しなければならないのは、持分取得を求める土地が農地の場合、裁判所の作成する決定書に、持分移転登記を命じる条項だけでなく、農地法の許可申請手続きを命じる条項をあわせて明記してもらわなければならないように考えています(もっとも、遺産共有の場合で、持分取得者が相続人の一人の場合には農地法の許可は不要となりそうですが、遺産共有ではない通常の共有の場合には、忘れないようにしなければなりません。このあたりは、実務の集積を待つ必要がありますね)。
(7)所在不明共有者からの時価相当額請求
所在不明の共有者は、供託金の還付を受けることにより時価相当額の金銭を取得できます。
なお、供託金が実際の時価を下回っている場合、差額の請求をすることも可能ですが、持分を取得した共有者との間で協議が調わない場合は、訴訟による解決を図らざるを得ません。
【従来の手続きとの比較】
持分取得の裁判では、持分取得を希望する共有者が時価相当額を供託しなければなりませんので、あらかじめ供託金がどのくらいになるのかを想定し、納付を準備しておく必要があります。
しかしこの点は、従来の不在者財産管理人制度を利用した場合でも、さほど変わりません。というのも、不在者財産管理人が不在者に代わって遺産分割協議をするに際しては、裁判所の許可を得る必要があります。裁判所は、不在者が法定相続分に相当する遺産を確保できることを条件に遺産分割協議の許可決定をしますので、結局、遺産の取得を希望するBは、Cに対し、法定相続分に相当する金銭の支払いをする必要があるからです。
もっとも、持分取得の裁判では「時価」が基準となる一方、不在者財産管理人に対する許可の場合は必ずしも時価というわけではなく、相続税評価や固定資産税評価などを基準とする運用が実際に行われていますので、時価に比べて低廉となることも考えられます。
また、持分取得の裁判は、共有状態を解消したい不動産そのものに注目して時価を算定しますが、不在者財産管理人の役割は、不在者という「人」に注目した財産管理ですので、裁判所の許可を得る際にも、共有状態を解消したい不動産を含む遺産総額に対する法定相続分がいくらになるのかを検討しなければなりません。したがって、負債があるような場合には支払額はさらに低廉になる一方、不動産のほかにも預金等の資産がある場合、これらを合算して算定します。したがって、遺産全体の一回的解決を図るには不在者財産管理人制度の方が適していますが、遺産が不動産だけの場合や、不動産の売却話が持ち上がっており取り急ぎ不動産だけ相続したいというような場合には、改正法による持分取得の裁判や、別稿で解説する「持分譲渡権限付与の裁判」(改正法262条の3)の方が利用勝手はよさそうです(ほかにも、費用面や手続面で比較検討が必要な点があります)。

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