日本消費者法学会の歩みと消費者撤回権

日本消費者法学会の歩みと消費者撤回権

 「日本消費者法学会」という学会がある。松本恒夫(一橋大学教授)が理事長を務める、文字どおり日本における消費者法の権威が集う組織だ。
2008年に設立された学会としては歴史の浅い組織であるが、毎年シンポジウムを開催しており、第1回目の2008年は「消費者法のアイデンティティ」、第2回目の2009年は「民法改正と消費者法」、第3回目の2010年は「集団的消費者被害の救済制度の構築へ向けて」、第4回目の2011年は「集団的消費者利益の実現と実体法の役割」を、それぞれテーマとして取り上げている。

 2008年といえば、富士見市の悪質リフォーム被害に端を発した特商法・割販法の大改正が実現し、消費者被害救済の実務が大きく前進した年である。また、縦割行政の弊害を打破し消費者行政の一元化を実現する目的で「消費者行政推進基本計画」が閣議決定され、翌年の「消費者庁」発足につながる消費者行政における歴史の大きな転換期でもあった。
一方で、国民生活白書に「消費者市民社会」という概念が登場した年でもある。2004年に改正された消費者基本法7条に、「必要な知識を習得し、必要な情報を収集する等自発的かつ合理的に行動すること」「環境の保全及び知的財産権等の適正な保護に配慮すること」のふたつが消費者の努力義務として明記され、消費者に社会の構成員としての役割を果たすことが求められるようになるが、これを受け「消費者・生活者の行動を通じて、公正な市場、社会的価値の創出、心の豊かさを実現する社会」を目指そうというのが「消費者市民社会」の考え方だ。
同年の第1回シンポジウムでは「近未来の消費者モデル」という演題で、北川善太郎(京都大学名誉教授)による基調講演も行われており、まさに、今後の消費者法・消費経済社会における「あるべき消費者像」が真剣に議論されていた時期だ。
そしてそのときの議論は、今年成立した「消費者教育の推進に関する法律」ではじめて「消費者市民社会」という言葉が条文に用いられるようになるなど、確実に形となって現れ始めている。
また、2009年のテーマ「民法改正と消費者法」は、まさに現在、消費者概念を民法典に取り込むべきか否かという大きな論点として、債権法改正議論の場に引き継がれている。
さらに、2010年・11年のテーマは、個々の消費者の被害や利益ではなく、消費者という集団全体の被害回復や利益追求を考えるという点で共通している。これらの議論は、次期通常国会に上程が予定されている「集団的消費者被害回復に係る訴訟制度」の実現を後押ししたことはもちろんのこと、2006年の消費者契約法改正によって導入された「消費者団体訴訟制度」を受け、全国各地で消費者全体の利益を代表して行動することを目的として設立された「適格消費者団体」をより一層活用するという観点でも、示唆に富んでいる。

 このように、毎年のシンポジウムのテーマは、近い将来の消費者法の動向に確実な影響を与えてきた。その日本消費者法学会が今年、第5回シンポジウムのテーマに選んだのが「消費者撤回権をめぐる法と政策」だ。紙面の都合上、シンポジウムにおける議論の詳細は「現代消費者法No. 16」(民事法研究会)に譲るが、不意打ち的な勧誘による契約類型(訪問販売・訪問購入など)や、消費者の適切な判断が困難と考えられる契約類型(連鎖販売・保険・投資など)などの一定の場合には、クーリング・オフに代表される無条件撤回権を消費者に認めようとする考え方で、すでにEUでは、加盟国間の越境型取引を対象とする共通欧州売買法の草案に消費者撤回権が盛り込まれる方向性とのことである。
消費者撤回権の議論は始まったばかりであり、制度化までには解決すべきさまざまな課題が山積しているのが実情のようだ。しかし、過去の学会の歴史を振り返るとき、近い将来における法案化への期待も自ずと高まってくる。引き続き、注目していきたい。

原稿一覧

司法書士法人浜松総合事務所

〒431−3125
静岡県浜松市東区半田山5丁目39番24号
TEL 053−432−4525
マップ